□続・ベタ。
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「君、迷子?」

サイズの合わないジャージのズボンの紐をキツく縛りどうにか履き(尻尾は内側に仕舞った)、Tシャツは自宅から持ってきていた中でも一番小さいサイズのものを選び(だがデカい)、猫耳を隠すためにキャップを被り(これだけはサイズがデカくて耳を隠すのに役立った)、全ての準備を整えてから食堂──時々ミーティングルームとして使用されている──に向かった寿也と吾郎。

食堂の入り口に入った直後、チームメイトから放たれた第一声が、泉の「君、迷子?」である。

いつもならば、「おはよう」とか、「マジ腹減った」とか、「寝癖ひどいな」とかエトセトラ…そんな他愛ない会話から始まるハズが、今日は「君、迷子?」である。
それは確実に、寿也の後ろに隠れるように入って来た吾郎に向けられていた。

しかも、そのちいさいはずの一言は今まで談笑などして各々楽しんでいたチームメイト全員(自宅通い以外の全員)の注目を一斉に入り口付近へと集めてしまう。

「お…おはようみんな!」

寿也がぎこちなく挨拶をしながら吾郎を後ろ手に隠すのとチームメイトが集まって来るのはほぼ同時だった。

「げっ…」

吾郎は、自分のおかしな姿を晒してチームメイト達が混乱してしまうのを避けるために逃げようと試みたが、時既に遅く、

「ねぇねぇ、名前なんていうの?」
「どうやって厚木僚の敷地の中まで来たんだ?」
「佐藤…まさかお前…」
「隠し子か?」
「んなワケねーだろうが!監督のなら分からなくもないが…」
「それも問題だと思う」
「誘拐か」
「有り得るな…」

渡嘉敷、阿久津、児玉、市原、薬師寺、国分、眉村、千石…
と、あっという間に言葉の嵐が捲き起こる。

因みに、一軍と二軍で僚は分かれているが、食堂は同じ場所を利用しているのでかなりの人数がそこにいた。

「ちょっ、みんな落ち着いて!押さないで!」

あちこちから矢継ぎ早に質問等を投げ掛けられ、吾郎を庇いながらの対応に追われる寿也を見かねた(正確には、堪忍袋の緒がブチ切れて黒モードに突入しそうになった寿也を見かねた)吾郎は、

「お前ら…いい加減静かにしろよ!」

自ら皆の前に躍(おど)り出た。

瞬間、シン…と水を打ったように静まり返り、落ち着いたかと思われた。の、だが…

「ハハハッ、気ィ強くてどっかの誰かさんみたいだな!かわいー!」
「どこから迷い込んだんだ?」
「監督に言った方が良いんじゃないか?」

榎本、米倉、草野…
と、再びあっという間に言葉の嵐。

「なんで嬢ちゃんこないなデカい服着とるんや?」

ついには面白がって小さな吾郎にちょっかいを出す者(=三宅)まで出てくる始末。

「!てめぇ服引っ張んじゃねー!あ、ちょ、帽子はダメだっつーの!……ッくそ、寿也なんとかしてぇぇぇ!」

四方八方から伸びてくる手に、ついに耐えられなくなった吾郎は最後の頼みとでも言うかのように涙を湛(たた)えた瞳で寿也を振り返り、すがり付いた瞬間、

パサリ

「「「「!」」」」

吾郎の頭に生えた猫耳を隠していたキャップが虚しく音をたて、食堂の床に落ちてしまった。
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