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□本当は?
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遙のことは好きだ。だけど、凜の事も好きで。どっちも大事で、傷ついて欲しくなくて。

俺はハルの事が好きだった。
小学生のとき、初めて彼の泳ぎを見てから。
まるでイルカのように華やかで綺麗な泳ぎに俺はすぐ心を奪われた。

それから少し経って中学一年のとき、オーストラリアから一時帰国していた凜とハルは勝負をして、…ハルが勝った。
凜はそのことをきっかけに、俺達とは距離をおくようになった。それ以来、ハルも競泳をやめてしまった。…何故か?

すぐにピンときた。ハルは凜の事が好き、だったんだ。

その事実を知って、数日間ろくにご飯が喉を通らなかった俺は、その時初めて、今更、ハルが好きなんだと、気づいたのだった。



数年後。俺もハルも高校生になった。
ハルを好きだと自覚してからも俺は今まで通り接した。
ハルは凜のことが好きなんだから。…そう自分に言い聞かせて。
その凜は、オーストラリアという、遠い異国の地

かなわない、自然とそう悟った。




いつも通りインターホンを押す。
まぁ、案の定出ては来ない訳で。
俺はまたか、と思いつつ慣れ親しんだハルの家の裏口から入り、脱衣所を覗く。
そこには予想通り、ハルの服。


「ハル」


浴槽の中で眠るように目を閉じているハルは、死んでいるんじゃないかと勘違いしてしまうほど綺麗で、美しくて。いつも見いってしまう。

「…真琴?」

入ってきた気配に気づいたのか、声を掛けられて気づいたのか、ハルは目を開けて起き上がる。
青みがかったハルの目が俺を見つめた。

「…何?」
「何、じゃないよ、遅刻するよ?」
「……あぁ…わかった」

俺はハルに手を差し伸べる。ハルは俺の手を掴み立ち上がる。馬鹿みたいだけれど、俺の心臓はこんな些細なことでも跳ねあがった。


水着の上に調理する際に着たエプロンという妙ないでたちのまま朝ごはんを食べるハルと、その傍らで本を読む俺。

好きだと自覚してから、俺とハルが二人になった時はすごく話しかけづらくなってしまって、話せたとしても余り会話も続かないようになった。

ハルは、全く気にしていないというか気づいていない様子だったけれど……

なんて考えて溜め息を吐いた。どうせそんなこと気にしたって意味ないのに…

「…なぁ」
「……っあ、何、ハル?」
「お前、俺と二人の時は全然喋んなくなったよな」
「…………ッ!!」

俺の体がビクッと跳ねたのを、ハルは見逃さなかったであろう。

「なんでなんだよ」
「なんでって…別に、そんなこと、…無いよ」

最後の方はバツが悪くなって目を反らした。ハルはまだ俺を見つめたままだった。

なんとかして、この話題を避けなくてはいけない。そう本能的に察知した。


「…それより、ハル、遅刻しちゃうって…早く、」
「そんなことどうでもいい。なんでだって聞いてるんだよ」

逃げるように立ち上がった俺の腕を掴んだハル。口調はいつも通りなのに、腕を掴む力は強かった。ハルの射抜くような視線が俺にちくちくと刺さる。




言える訳がない。ハルのことが好き、だなんて。ハルは凜が好きなんだ、俺も応援すると決めた。だから、だから……


「…っ、」

ぱたぱた、と落ちた雫。
それは俺の目から落ちていたものだった。

ハルが息を呑んだのがわかった。



ごめん、ごめんねハル。こんな無様な姿なんて見せたくなかったのに。ハルも迷惑だよね、ごめんね。

そう言うことも出来なくて、俺はただ涙を流すことしか出来なかった。


「っ、ふ…ぅ、ひっ」

嫌だよ、ハル、凜じゃなくて俺を見て。凜より、ずっとハルのことが好きだったんだよ、凜より、ずっとハルの傍にいるんだよ、…気付いてよ。…辛いよ、ハル…

「っ、はる、ちゃ…っ」
「真琴?」
「う…っ、はるちゃん、すき、すき、だよ、はるちゃん…っ」


言って、瞬間。俺は後悔した。
言ってしまった。好きだと。…ずっと、仕舞っておくつもりだったのに…!!

冷水を頭から浴びせられたように急に体から血の気が引いて、混乱して、恥ずかしくて。俺はハルの手を無理矢理振りほどき、荷物を持たないままハルの家を飛び出した。




そのまま家に帰る。両親は仕事だし弟達は小学校に行ってる時間だから誰も居ない。

玄関のドアを閉めた途端、その場に崩れ落ちて、涙が溢れ出した。

「ぅ、あぁ、…あぁぁっ…」

もう駄目だ。何もかも終わりだ。もう、きっと、俺はハルに嫌われた。


「はる、…はるちゃ、はるちゃん…っ!」


すきだよ、はるちゃん。


そんな時、玄関のドアをノックする音が聞こえた。一瞬宅配便かと思ったが、その予想はすぐ打ち消された。

「真琴、」

ハルの声だ。

拒絶される。そう思うと怖くなって自分の部屋に逃げ込もうとするが、靴を脱ごうとしたときに焦ってガタンッと大きな音を立ててしまった。

その時ハルは、だめもとだったんだろう、玄関のドアを開けようとして、鍵が閉まっていないのに気付き、そのまま入ってこようとした。

「…っ開けないで!!」

こんな泣き腫らした顔なんて見られたくない。第一、ハルの顔をまともに見れる自信が無かった。

「真琴、俺の話を、」
「ごめん、ハル、ごめん…もう、いいよ、…わかってるから。ハルが凜のことを好きなのは知ってるから。…邪魔なんてしないから、…だから…


もう、ほっといて、くれないかな…?」


「…っ、真琴、ちが」
「違う?何が違うの…?大丈夫だって、ハルと凜なら………お似合い……だよ…?」

声が震えそうになるのを抑えつつ、俺は、もう最後なんだから、と半ば自棄になりながらも話を続けた。

「ごめんね、ハル…俺、小学生の頃からずっとハルが好きだった。でも、ハルは凜のことが好きなんだよね、俺は、邪魔だよね…?ごめん、ごめんなさ…」
「真琴っ!!」

ハルらしくもない大声を出されて、思わずひぅ、と息が詰まった。

「…俺の話も、聞けよ」
「…っ…」
「入るぞ?」

拒否はさせないと言わんばかりに間髪置かず、ハルは入ってきた。いつも涼しい顔をしているハルなのに、今は眉間に皺を寄せていた。思わずうつむいてしまう。
一呼吸置いて、ハルが口を開けた。

「…真琴、お前、さっき俺が凜を好きなんだ、って言ったよな」
「…う、ん」
目を合わさず小さく頷いた。

「…なんで勝手にそう思い込んでんだよ、馬鹿」
「…っえ、でも、本当のことじゃ…?」

ハルは凜に拒絶されたから競泳をやめたんでしょ…?

驚いて顔を上げると、そのまま抱き締められた。

「俺が好きなのは真琴、お前なんだけど」
「………う、そ」
「この場に及んでまで嘘なんて吐かない。真琴、好きだ
なんでお前の中で俺が凜を好きになってるのか知らないけど、俺は真琴が好きだ」
「………は、るちゃ、…おれ、も…ハルが、すき、だいすき…っ!!」

ぎゅうっとハルを抱き締め返す。

「俺が競泳をやめたのは、…凜を傷付けてしまったから。あの時のことはもちろんショックだったし、凜に拒絶されたのもショックだった。だけど、俺が好きだったのはお前だ、真琴」
「…え…」
「いつも俺の隣にいて、何も言わなくても気持ちを分かってくれたお前に、感謝を忘れたことは無かった。…兄貴分ぶってるくせに、怖がりなところとか…すごく、可愛いと思った」

ハルがさらに俺をぎゅうっと抱き締めた。


ハルにそう思ってもらえてたのが嬉しさ半分、正直まだ信じられないのが半分だった。
でも、普段必要最小限しか喋らないハルがこんなに喋るってことは、本当にそう思ってくれてるんだろうな、と思うと、嬉しくて思わず笑みが溢れた。
声が聞こえたのか、ハルが不機嫌そうに聞いてきた。

「…何笑ってんだよ」
「…ふふ、ごめん…嬉しくて、ね」

体を離すと、少し呆れたような顔のハルと目が合う。すると、ハルも微笑んだ。


「まぁ、いいけど」


そう言って近づくハルの顔。俺はそっと目を閉じた。

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