□目覚めは王子様のキスで
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夢は不思議なものだ。
いい夢ほどあっさり忘れてしまうのに、嫌な夢ほどずっと脳裏に残り続ける。
たとえば、美月が「お兄ちゃん、大好きっ」って言ってくれた夢の内容はほとんど覚えていないのに、美月に嫌われる夢はしっかり覚えている、とか、
あとは…アッキーに、別れを告げられる夢だとか。




「ーーーッ!!!」

咄嗟に跳ね起きる。冬だというのに体は汗びっしょりで、心臓もどくどく煩かった。

「っは、っ…はっ、はぁ…っ」

ガクガクと体が震えた。この夢は一体何度目だ?最近は特に多い気がする。
アッキーが…俺に、別れよう、と言い出す夢。



『博臣…ごめん、僕…他に好きな人が出来たんだ。だからもう、博臣と一緒にいれない』

申し訳なさそうな切ない顔で、アッキーは俺にそう言う。

『…え?ま、待ってくれよアッキー、唐突過ぎてついていけないよ。…わか、れる?……俺と、アッキーが?…誰を、好きになったんだ…?』

そうして、俺は焦って、余計な質問をしてしまうんだ。それを聞いたアッキーは目を伏せて、

『…栗山さん、だ』

と、小さな声で答える。



毎回毎回、最終的にはこのオチだ。
夢は自分の心を写すとかなんとか聞いたことがあるから、これは俺の不安から生まれた夢なんだろうか?

時計を見ると、午前3時を回ったところだった。
俺は見慣れた自分の部屋の天井を見上げ、思う。

本当にそう言われたら、俺はどうなってしまうんだろう、と。


妖魔と異界士。もともと相容れないもの同士であり、ましてや恋に落ちるなんて有り得ない。あってはいけない。
だが、実際俺とアッキーはお互いを好き合って、隣にいる。他の異界士が見たらさぞ滑稽だと笑い転げることだろう。
アッキーが暴走すれば、俺が殺す。そういう約束であり、俺の使命。だから、この別れは遅かれ早かれ必然なわけで。

「……っ、嫌だ…いやだよ、アッキー…」

俺がアッキーを殺すのも、アッキーが栗山未来のところに行ってしまうのもどちらも嫌だ。
子供のようにぼろぼろと涙を溢すことを堪えることが出来なくて、結局俺はそのあと眠ることは叶わなかった。





この時期になると、屋上では風が冷たいので、昼寝をすれば絶対に体調を崩してしまうだろう。
通常思考の俺ならそう考えるのだが、連日悪夢続きでろくに眠れていない今の俺には普通の考えが出来ず、とにかく眠りたいと屋上までやってきた。

「(…眠っても、また同じ夢を見たら元も子も無いんだけどな)」

幸い今日は陽も当たり、風もあまり強くは無かったため、俺は屋上のフェンスに寄りかかるとずるずると下に崩れ、座りこんだ。
そのまま体育座りをするように自分の体を抱きしめ、少しくらいはまともに眠れますように、と祈った。
意識を手放す瞬間、授業終了のチャイムが鳴った気がした。






「…み、おい、……きろ、…博臣!」

肩を揺すぶられて目が覚める。誰だよ人が久しぶりに安眠出来てたのに、と思いつつ声のした方を向くと、そこにはアッキーの姿があった。

「…あ、…っきー?」
「おまっ、すげぇクマじゃん!何があったんだよ、博臣」

アッキーのせいだよ、とは敢えて言わなかった。否、言えなかった、と言うのが正しいかもしれない。

「美月から聞いたんだよ、博臣の様子がおかしいって。他に博臣がいそうなところ探してもどこにもいないからまさかとは思ったけど…」

呆れつつも本気で心配してくれているアッキーの気持ちが痛いほど伝わってきて、嬉しくて涙が溢れた。
寝不足な目に涙が染みて痛かったのもあって、涙はとめどなく溢れてくる。

「!?博臣っ!?どうかしたのか?僕なんか悪いことした!?」
「……っちが、う…アッキーが、俺を…心配してくれたのが、嬉しく、て…」

そう俺が言うと、アッキーは一瞬驚いた顔をして、辛そうに顔を歪める。そして、俺を抱き締めた。ずっと外にいて体が冷えたせいか、アッキーの体は暖かいというより少し熱かった。

「心配…するに決まってるだろ!恋人がこんな辛そうにしてんのに、無視するなんて出来ねーよ!」
「…あ、っきー」

こい、びと。

その四文字が、俺の心でずっしりと響いた。
すると、箍が外れたように涙が溢れてきた。

俺は、今まで何を疑ってたんだろう。
あんな夢を見るということは、俺がアッキーを信じていないと表すようなものじゃないか。そう思うと、アッキーがちゃんと俺を見ていてくれたという安心感と、申し訳なさでいっぱいになって、涙が止まらなかった。
俺が泣いている間、アッキーは何も言わず俺を抱きしめ、背中をさすってくれていた。



「……はぁ!?そんなことで寝不足だったのかよ!!」
「…そんなことって…アッキーは酷いなぁ、俺にとってはすごい重要な問題だったんだよ」

あの後。
一通り泣いて、落ち着いたあと、俺はぽつぽつと全てを話していった。
アッキーに別れを告げられる夢を見ていたこと、それが本当になるんじゃないかと不安だったこと、その夢のせいで寝不足だったこと…

するとアッキーは呆れてしまったようで。そんなこと、とまで言われてしまったし。

「あのなー…僕は栗山さんのことは好きだけど、恋愛的な意味じゃなくて友人として。博臣は恋人として、好きだ。愛してる。…だから、心配するな」

俺の両手をアッキーの両手が包み、アッキーが俺の目を真っ直ぐ見つめて恥ずかしい台詞を真顔で言うものだから、熱くなる頬を誤魔化すようにそっぽを向く。
それを見たアッキーはクスっと笑った。

「…何がおかしいんだよ、アッキー」
「いや…照れてる博臣、可愛いなって。」
「うっさいよ、バカアッキー。…ようやく、悪夢にうなされずに眠れるかな」
「やっと悪夢から解放されるってか?じゃあ、ま…よかったよ、」
「うん…アッキー、肩、借りていいかい?安心したせいか今、すごい眠い…」
「あぁ、いいよ。…おやすみ、博臣」

俺が寄りかかる前に、アッキーは俺にキスをした。
まるでそれは、白雪姫を助ける王子のようだな、と自分でもメルヘンだなと思うことを考えてしまった。

瀕死だった白雪姫にキスをしてまた目を覚まさせてくれた王子様に、起きたらどんなお礼をしてあげようか、奴の好きな眼鏡でもかけてやろうか?などとと、薄れゆく意識の中で考えていた。

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