陽炎
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例えば、学校にB棟があったとして。
そのB棟最上階の端、第3理科室と言う名の物置になんて、誰が寄り付くだろうか?
ぱたぱたと小走りする音が誰もいない廊下に鳴り響く。
クリーム色の猫っ毛の少年は、何処かへと向かって駆けていた。
「シンタローせーんせっ」
少年は、がらら、と扉を開けていつも通り¨彼¨を呼んだ。
「…おう」
今日は返事をしてくれたから、機嫌がいいんだろう。そう思って少年、鹿野修哉…通称カノ…は微笑んだ。
呼び掛けられた黒髪の目付きの悪い彼…如月伸太郎は、日によって返事をしたりしなかったりとまちまちなのである。
そこでカノは、シンタローが返事をしたか否かによってシンタローの機嫌を見抜けるようになったのだった。
かといってシンタローがカノを嫌っているわけではない。元々シンタローのコミュニケーション能力があまり高くないだけだった。
「せんせー、物理教えてー?」
「はぁ?前も教えてやっただろ?」
「むー、またわかんないとこできたの!あの先生の授業イミわかんない!」
「あぁ、まぁあいつの授業はな…しゃーねーな、わかんねーのどこだよ」
「えーっとね、ここと…」
教科書や配られたであろうやたら分厚い参考書をシンタローの机に広げていくカノ。
今時の高校生は大変だな、とシンタローは他人事のように思った。(実際他人事な訳だが)
正直なところ、人に勉強を教えるのは得意ではないし、好きじゃないのだが、カノにはどうも自分のペースを乱されてしまうシンタローだった。
…それから約一時間後。
「やったー!理解できたし課題も全部おわったよ、せんせぇ、ありがとー!」
「はいはい、そりゃよかったな。用事が済んだならとっとと帰った帰った」
「えー、まだ五時ちょいじゃーん!…それに」
カノに背を向けて、とっとと帰れオーラを出していたシンタローだったが、不自然なところで言葉を切り声が小さくなったカノを不審に思い振り向くと、カノはシンタローをじっと見つめ、少し寂しげに、シンタローが振り返ってくれるのを待っていたかのように口を開いた。
「…僕、まだ帰りたくないな」