陽炎
□壊れるほどに
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※カノくんとアヤノちゃんは関係性がないと思っていたときのなので捏造だと思って頂ければ幸いです
※少しですが暴力的なシーンがあります
どんなに僕が想っても
シンタロー君は僕を見てはくれないんだね
◇◆◇◆
付き合った当初は、割と恋人同士っぽかったと思う。僕がそう思いたいだけかもしれないけれど。
幸せだった。シンタロー君が僕を見てくれている、それだけでも充分過ぎるほどに。
でも、違った。
シンタロー君は僕を見てはいなかった。
いつも、僕に「彼女」を重ね、どこか寂しそうな顔をすることも少なくなかった。
でも、僕は、シンタロー君が好きだから。
「僕」を愛してくれなくてもいい、だから、傍にいてほしい。
僕の願いは、それだけだから。
◇◆◇◆
シンタロー君の自室にお邪魔して、数十分。
「ねぇ、シンタロー君」
返事はない。ヘッドフォンをつけているから、ではなくきっと「彼女」のことを思い出しているんだろう。
ぼーっと見つめるパソコンの画面は動いてなくて。エネちゃんも察したかずっと黙りこくっている。
ふと、思い付いた。
僕が、代わりになればいいんじゃないかと。
そうすればきっと、シンタロー君は辛くなくなるでしょ?
ずっと嫌いだった自分の能力に、初めて感謝をした。
僕が代わりに…「彼女」に、なればいい。
容姿は、前に偶然シンタロー君の机を見たときに飾ってあった写真で知っている。できないことはない。
そっと目を閉じ、覚悟を決める。大丈夫、シンタロー君のためだ。シンタロー君が、喜んでくれるならいい。
目を開ける。
既に瞳は赤く染まっており、僕はそっと「彼女」になった。
「ねぇねぇ、シンタロー君」
これが、彼女の声。透き通るように綺麗で…なんて、清らかなんだろう。
嘘だらけの汚い僕とは、大違いだ。
「…っ!?アヤノ…!?」
『アヤノ』、それが彼女の名前かな?
可愛らしい名前。
「ううん、僕だよ、カノ。こうすれば少しくらいシンタロー君の傷癒せるかなっ…て…っ!?」
全部言い終わるが早いか、僕の視界は暗転し、次に見たのは天井とシンタロー君の顔、そして。
息、が。できなかった。
首もとの痛みによって、直ぐ様自分が首を絞められているんだと悟った。
でも、なんで?
「…アヤノを」
「お前の嘘で、汚すんじゃねぇ…っ!!」
喉の奥から絞り出したような低い声。ああ、シンタロー君は怒ってる、んだな
「…し、んたろく…」
急なことに頭がついていけず、気づけば能力も解けていた。
「しんたろ、く…、くる、しい、よ…」
その言葉で自分のしていることに気がついたのか、すぐ絞める手を離してくれた。
ああ、そういえば昔にもこんなことあったなぁ。
「わ…わりぃ、ついカッとなっちまって…」
「げほ、…っ、うう、ん、ごめんはこっちの台詞だよ、…げほ、げほっ!」
「いや…ほんと、わりぃ」
今思えば、これが引き金になったのかもしれない。
それ以来シンタロー君は、僕を「アヤノ」と呼び間違えることが多くなった。
ぼーっとすることも多くなったし、僕が話しかけても気付かないこと回数も増えた。
そんな中、僕は
「アヤノ」になるようになった。
口調とかは想像だけど、割と当たってるみたいで。
最初は激昂されたけれど、二回目以降は僕に…いや、「アヤノ」にすがるようになった。
今まで僕が欲しかった、「好き」のことばや、抱きしめてくれることも多くなった。
嬉しいはず、なのに。
◇◆◇◆
それ以来、僕はシンタロー君と会う時は「アヤノ」になることが当たり前になっていた。
胸が痛いことは、無視して。
「自分」を、隠して、偽って。
それが数週間程続いたある日。
「おい、カノ」
「ん?なに?」
キドに「話がある」と言われ、キドの部屋へと連れていかれた。
「…で、キド、話って何?もうすぐシンタロー君が来るんだけど」
「そのシンタローの話だ」
ああ、やっぱり。
薄々気付いていたんだろう。僕とシンタロー君の関係が歪になっていたことに。
「…ふぅん。で?」
動揺しているのが、バレないように。
それだけを考えた。
「お前、シンタローといるとき無理してるだろ」
「…そんなことない、って言ったら?」
「無理矢理にでも聞き出す」
「おぉ、怖い怖い」
茶化す。誤魔化す。
気付かれないように。悟られないように。
…迷惑を、かけないように。
「お前、最近ろくに食ってないだろ?見ればわかる」
…ほんと、こういうことには凄く敏感なんだから。
ろくに食べてないのは確かなので、否定は出来ず沈黙した。すると、キドはそれを肯定と受け取ったようで
「何かあれば言え。お前は昔から辛いこととかあると溜め込むクセがあるだろう」
「大丈夫だって!ほんとに辛くなったら相談する。それでいいでしょ?じゃ、そろそろシンタロー君くるから、僕行くね」
そう言って半ば無理矢理話を終わらせ、キドの部屋から逃げ出すように出てきた。
そして、今日も僕は「アヤノ」としてシンタロー君に愛されるんだ。
◇◆◇◆
そんなことが数ヵ月続いて。
たまに貧血を起こして倒れかけるので、ご飯はちゃんと食べるようにしていた。
セトもマリーも心配そうにこちらを見ることも多かったが、気付いていないフリをした。
「シンタロー、好きだよ」
「ああ、俺も」
「アヤノ」と一緒にいるシンタロー君の表情はすごく柔らかくて、シンタロー君が喜んでくれるなら僕だって嬉しい、はず、なのに。
ぽた、と落ちる一粒の涙。
それに気づくと、とめどなく涙は溢れてきて。
「あ、れ、…あれ…?」
おかしいな、嬉しいはずなのに、なんで、
「アヤノ…?」
涙が、止まらないんだろう。