陽炎

□誕生日おめでとう!
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5月入ってまもない頃の話。
最近、シンタロー君が冷たい気がする。
冷たいと言うか、よそよそしいというか…
考えたくないけど、もしかしたらシンタロー君は僕に飽きちゃったのかなぁとか、他に好きな人ができたのかなぁとかって考えてしまう。

そうじゃないと、いいけど…なぁ。




◇◆◇◆



ー5月10日

あれから約1週間ちょい。
ちょくちょくシンタロー君がくることもあったけど、なんとなく気まずくてあまり話せなかった。
すぐシンタロー君が出掛けてしまった、ってのもあるけど。
あと、1つ気づいたのが、シンタロー君がセトと仲良さげに話すことが増えたこと。
二人で出かけることもたまにあったし、『もしかして』が当たっちゃったんじゃないか、なんて嫌でも考えてしま
った。
やだなぁ、僕。シンタロー君を信じれないなんて。
せっかく、「今日は長く居れる」ってシンタロー君からメールもらったのに…





◇◆◇◆


「よ、カノ」
「こんにちは〜」
『こんにちはです!』
「あ、シンタロー君!キサラギちゃんにエネちゃん!いらっしゃい〜」
「皆さんいらっしゃいっす!」
「あぁ、来たか、シンタロー、キサラギ。…カノ、一、ニ時間出掛けてきてくれないか。頼みたいものもあるし」
「うん?まぁいいけど…」
「じゃあ頼む。これ、買ってきてほしいものリストな」

そう言って渡されたメモを流し読みして、軽く出かける準備をした。

「じゃあ、行ってくるね」
「あぁ、よろしく頼む」

アジトを出て、歩いて十分くらいの(もっと言うなら前テロに巻き込まれた)超大型デパートにやってきた。
ここなら時間潰しに丁度いいだろうし。
それにしてもキドに本買うのを頼まれるなんて珍しいなぁと先程見たメモの内容を思いだしながら歩く。

「あ…着いたか」

ぼーっと歩いていたら気づけばデパートは目の前。さぁて、どこから回ろうかなぁなんて独り言をボソッと言い、僕はデパート内へと入っていった。




◇◆◇◆


いろいろ回っているうちにもう二時間経っていた。
「そろそろ帰ろうかな、行きたいとこは一通り回ったし…」

リストをもう一度見て、買い忘れがないかをもう一度確認する。

「…ん、よし!帰ろっと」

そうして僕は、デパートを後にした。




◇◆◇◆


あれからまた10数分後。
見慣れた107の番号が書かれたドアを開ける、と。

「「「「「『カノ(さん)誕生日おめでとう(ございます)ー!!!!」」」」」』

「…え?」

「また忘れてたのか?今日はお前の誕生日だろう」
「…あ、そういえば、そうだった…」
「忘れてたのかよ…」

そっか、今日は僕の誕生日か。
基本自分に無頓着な僕はすっかり頭のなかから誕生日というイベントを忘れていた。

「ケーキとか焼いたんだよ…!」
「私もやりますーって言ったのになんで団長さん駄目だって言ったんです?」
「…いや、お前の味覚では普通の奴には理解し難いものが出来そうでだな…」
「そ、そんなことありませんよ!!…多分」
「多分かよ」

未だに状況が掴めていない僕を見かねてセトがフォローをいれてくれた。

「えっとっすね、つまり、これはカノのために作られたんすよ。つまりカノのお誕生日会ってことっす!」

これ、とはアジトをきらびやかにしている飾りつけのことだった。
七夕の笹につけるようなわっかの飾りが壁全体にあるとか、花の形にくりぬかれた折り紙が張り付けられてたりだとか。

「え、僕のために…?あ、ありがとう…」

今までもセトやキドに祝われることはあったけど、こんなにパーティみたいなことはしたことがなかったので素直に嬉しかった。

「あ、…カノ」
「…!!シンタロー君、どうしたの?」

どこか緊張した様子で僕の方に来たシンタロー君が言った。
まさか、とは思うけど、さすがにこの場では別れよう、なんて言われないよね…?

そう僕が判決前の被告人みたいになっていると、シンタロー君が手のひらの物を僕に差し出した。

「これ」
「…?なに、これ?」
「とりあえず開けてみろよ」
「?う、うん」

そう言って手のひらサイズの小さな箱のリボンを解き、箱を開けると、そこには。

「…え、」
「…とりあえず、予約だから。ちゃんと左手の薬指につけとけよ」

う、そ。

箱を開けると、そこには指輪が入っていた。

「1週間2週間バイトした程度だから安っぽいのしか買えなかったけどさ…受け取って、ほしい」
「そうそう、シンタローさん、俺と一緒にバイトしてたんすよ!めちゃくちゃ頑張ってたっす。カノにも見せてあげたかったんすけど…」
「それじゃあサプライズにならねぇだろ、って俺が言った…ともかく」

シンタロー君はこほん、と一回咳払いをして、僕をまっすぐ見て、言った。

「誕生日おめでとう、カノ。そして、生まれて来てくれて、ありがとな」

嘘、じゃないんだよね、
シンタロー君が、僕に、生まれて来てくれて、ありがとう、って

「…っう、うぅ…」
「!?カ、カノ!?」

こんな盛大にパーティを開いてくれただけでも嬉しくて泣きそうだったのに、こんなことされたら、泣くの我慢なんて出来なかった。

「…そ、そんなに嫌か…?」
「ちがっ、違うよ!!…すっごい、嬉しい、よっ…!!ありがと、シンタロー君、大好き!!」

そういって周りに皆がいるのも忘れて、僕はシンタロー君に抱きついた。

「…!!よかった、喜んでもらえて…俺、受け取ってもらえなかったらどうしようかと」
「僕だって、最近シンタロー君が冷たいから他に好きな人出来たのかと思っちゃったもん」

そう言い合い、見つめあうと、二人同時にぶはっと吹き出した。

「んなわけねーだろ、…そうだ、指輪、着けてみろよ。多分サイズは合ってるから」
「なんでわかったのかは聞かないでおくよ。…あ、ほんとだ、ぴったり…!」

シンタロー君は安ものと言っていたけれど、僕の薬指に輝いた指輪はダイヤが埋め込まれた数百万の指輪なんかよりよっぽど価値があるように見えた。

そして僕は、もう一度シンタロー君に抱きつき、自分からキスをした。
とある気持ちを精一杯込めて。




『シンタロー君、大好き!』





…皆(特にエネちゃん)にからかわれるのは、もう少し後のお話。

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