捧げ物
□態度で甘えて
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「……………」
カタカタカタカタ。
「………………………」
カタカタカタカタカタカタ。
「…………………………………」
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。
「ユー…」
カタカタ……。
「なんだ」
「ぁ、いやゴメン。何でも…ない」
「そうか」
カタカタカタカタ……。
そしてまた鳴り出す貧乏揺すりの音。
明らかにいつもと違う雰囲気を放ちまくっているユーリに話し掛ける勇気をクレスは持ち合わせていなかった。
態度で甘えて
「あら。あんなにイライラしちゃって」
「ジュディスさん」
斜め上から降る楽しそうな声。
視線を向ければ、そこにはクリティア族の彼女が美しい笑みをたたえていた。
「…なんだか楽しそうですね」
「それは私が、かしら?」
「はい」
「そうかしら。でも、楽しくないと言ったら嘘になるわね」
たしか歳は19だっただろうか。
物腰が柔らかく、ミントとはまた違った落ち着きを見せる彼女は自分達よりずっと大人びているように感じる。
ピリピリとしたこの空間で‘楽しい’と言ってのけるあたり、クレスらとは事の受け止め方が違うのだろう。
何はともあれ、クレスは大分息がし易くなった。
あれだけあからさまにイライラしている人間と2人きり(ほかのメンバー達はユーリの放つ空気に押されてホールに近付こうとしないため)
というのは余りに気まずい。
クレアの作ったピーチパイを届けようと、ホールに顔を出したときにはこの状態だった。
其処に座ってろと言われ(逆らえるはずもなく)大人しく従えばそのまま放置。
そんなタイミングに現れたジュディスは何だか神々しくさえ見えてくる。
「ユーリと話はしないの?」
「…出来ません」
思わず苦笑。この緊張感を和らげたいと、体が無意識に反応しているのかもしれない。
それからまた声を潜めながら会話を続ける。
「ならどうしてアナタは此処にいるのかしら」
「それはユーリが…」
「…引き留めた?」
「まぁ…。何というか…」
本人の居る前でそうだと言うのはなんとなく気恥ずかしくてギリギリ肯定と取れるぼんやりとした返事をする。
するとジュディスはまたニコリと笑みを浮かべ、クレスに尋ねた。
「…なら、アナタなら、イライラしているときにそばに人を置く?」
「え?」
「少なくとも私なら一人になるわ。
イライラの原因を追及されたくないし、相手も居心地が悪いでしょう」
ジュディスは何か教えを説くように話す。訊かれている事を理解したクレスはゆっくりと口を開いた。
「……確かに、僕もそうするかも知れません。相手に嫌な思いはさせたくない」
「でしょう」
「………?」
問いの意味は理解出来たが、未だその真意は見えない。
小さく首を傾げて見せると、彼女は更に声を潜め小さく話し出した。
「ユーリは甘えてるのよ」
「?」
「あの人の性格からして、他人に弱みは見せないでしょう。
それなのにわざわざアナタを此処においてるってことは………、」
「僕に、甘えてるって事ですか?」
「そういうこと」
まさか、とジュディスの顔を見るが、その表情は変わらず笑顔だ。
本当にそうだろうか。ユーリが自分に甘えるなんて。
思わず目が彼の方へ向く。
目が合った
「おいジュディ、あんま変なこと吹き込むなよ」
「失礼しちゃうわ。そう見えたなら謝るけれど」
「…まぁ良いさ。それと、少し席外してくんねぇかな」
「ふふ、アナタこそ、クレス君に変なことしたりしないでよ」
「そんなことするように見えるか?」
「えぇ」
そして機嫌良さそうにホールに背を向ける。
去り際、彼女の口が小さく動いた。
‘が ん ば っ て’
「ったく。ジュディに何言われたんだ?」
「え、いや。その…」
まさか‘あなたが甘えてると教えて貰ってました’など言えるはずもなく口ごもる。
その様子からなんとなく察しがついたユーリは、ふぅと一つ溜め息。それからクレアお手製のピーチパイにフォークを入れた。
「悪いな。持ってきてくれたのか」
「あ、う、うん。クレアさんがユーリにって」
「そっか」
どこか嬉しそうにフォークを口に運ぶ。クレスもその動作をジッと見つめていた。
「ん。んまい」
先ほどまでのイライラはどこへやら、次々にピーチパイを飲み込んでいく。
あっという間に最後の一口。
サクッとフォークに突き刺し、クレスの方へ向けた。
「あーん」
「へっ?」
「ほら、口開けって」
「ぁ…あー…、んっ」