□終の栖となりてしか
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※勝手に捏造した獅子丸の母親像みたいなものが出てきます、苦手だと思われる方はブラウザバック推奨です
※他にもいつも以上に捏造です





「いい女だった」と、アルコールにより少し滑らかになった舌で彼は述懐した。

暖色の灯りに薄暗く浮かび上がる彼の部屋は、シンプルを通り越して簡素ですらある。かつて国のトップにまで上り詰めた男の部屋とは到底思えない質素な空間で語られるのは、彼が異国で出会い、学びの地の頂点たる場所で共に肩を並べた女性の話だった。

聡明で向上心が強く、明朗闊達で、人を惹きつけるカリスマ性と実力に見合うだけの自信を持ち合わせていて――女としても一人の人間としても魅力的だったという人物像はどこか彼と似通っているようでもあり、また彼らの一粒種の人柄を彷彿とさせるようでもあった。

遠く自由の国に生きる、面識もない女性の、美しく透き通っているであろうブルーの瞳に私は思いを馳せる。
きっと獅子丸君にも受け継がれたその真っ直ぐな色を。



――そんな素敵なひとと離れたのはどうしてなのか。
お酒のせいにしながら尋ねた不躾な問いに、桃は気を悪くする様子もなくすんなりと答えた。

「互いに、生まれ育った国で成し遂げたいことがあった。俺は彼女の夢をそばで支えてやることはできなかったし、彼女もそれは同じだった。……要するに俺たちの我儘だ」

獅子丸には悪いことをしたかもしれない。
珍しい自嘲の笑みで彼はそう言ったが、あのさっぱりと逞しく育った気持ちのいい青年を知っている私は、それほどの悪影響があったとは思えなかった。

互いの志を尊重して道を違えても、獅子丸君にとって彼は正しく父であり、彼女は母だったのだろうと思う。
でなければああは育つまい。……部外者である自分が、家族のことについて図々しく口を挟むことはできないけれど。

「――彼女と過ごした時間は有意義だった。
やたら頭が切れるもんだから、下手な受け答えは出来なかったがな」

「でも、それも楽しかったんでしょう」

「ああ。おかげで彼女といると、自然と背筋が伸びた」

軽やかに干された薄玻璃のグラスにとろとろと酒を注ぐ。ふっと立ち上る果実に似た甘い香り。
七分目まで注いだところで瓶を奪われ、今度は私のグラスに同じものが注がれた。
グラスの合わさる音が、かちん、と涼しげに響く。

その音色とは対照的に熱を宿す目尻を柔らかく下げて、桃がこちらを見つめた。
若い頃に見た灼熱のような色は、今はもうだいぶ落ち着いている。それでも有事の際には、あの時と同じようにきらめくのだろう。

「……不思議なものだ。お前といると、多少気を抜いてもいいかと思ってしまう」

「どうせ私は抜けてるわよ。意識向上にはてんで不向きな女よ」

「悪いとは言っていないだろう。気楽な相手というのは、それはそれで代え難い存在だ。
多少格好悪いところも見せられるしな」

「見た覚えないわよそんなもの」

「……ふ、そうか。……そりゃよかった」



なんだか愉快そうに、いい女だなあ、なんて酔ったふりをして呟く彼の頭をぐしゃぐしゃとかき乱した。
このくらいで酔わないのは知っている。これが私の照れ隠しだという事も、きっと彼には分っているだろうからお互い様だ。
指先から逃げようともせず、むしろ近付いてきた頭がごつんと額に当たる。痛い、と非難しようとした唇に柔らかくアルコールの匂いがするものが触れた。



「……看取られるのはお前がいい、と思うんだ」

「なにそれ。……ずいぶんな殺し文句ね」

「それまでは俺のために毎日和食を作ってくれるとありがたい」

「はっ……まさかそっちが本命じゃないでしょうね!」

「フッフフ。まさか」





了.




桃と獅子丸を合わせて2で割ったような人柄だったんじゃないかと勝手に思っていたので勝手に書き散らかしてみた。

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