□甘くて酸っぱい糖葫芦
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透き通る紅色で、つやつやで、ころんとまるい。
縁日の姫君と言っても過言ではないほど愛らしく華やかな姿かたちは一瞬食べ物であることを忘れてしまいそうだけど、漂うあまい匂いは逆に『食べて食べて』と媚びを振りまいているよう。

その甘さに誘われるまま私はあーんと大口を開け、歯を立てて思い切りかぶりつく。カリカリの薄い飴を割り、りんごの果実と一緒に咀嚼すれば、口の中いっぱいにしゅわっとみずみずしい甘酸っぱさが広がった。



「――りんご飴ってさ、もちろんおいしいんだけど。
半分くらいはビジュアルの可愛さで買っちゃったりするよね」

「はあ?」

軽やかな夏祭りの喧騒の中。
一歩先を歩く男は私の発言を受け、さっぱり理解できないといった様子で肩越しの視線を送ってきた。
「こいつまたわけのわからんことを言い出したな」とでも言いたげに、その柳眉をしかめている。

なんてことだ。この魔法少女のステッキにも通づるりんご飴の愛らしさを理解できないなんて。
乙女心にクリーンヒット及びダイレクトアタックをかましてくるやつだぞ。
まったく、外面は美少年でも内面はゴリゴリの武人なんだから。

でもそんなとこもわりと好き、と思いながら、私は辺りを昼間みたいに照らす電飾へ向けてりんご飴をくるくる翳した。そのアクリル宝石のような輝きはやっぱり私の胸を鮮やかに弾ませる。
だが彼――嶺厳はそんな私を横目で見ながら、涼やかな目を冷ややかな目にまで温度低下させた。

「……お前が振り回していると何らかの鈍器にしか見えん」

「嶺厳は私に対するイメージを一度見つめ直した方がいいよ」

「お前が自分自身を見つめ直せ」

口元へ戻したりんご飴へ、今度は先程よりも豪快にかぶりつく。
カリカリ、シャクシャク、爽やかな音が頭に響く。おかげでどこかの誰かの辛辣な意見なんて全然耳に入らない。

その態度がお気に召さなかったのだろうか。
ほんの一瞬の間に、私の手からずっしりした重みが消えていた。――え、と戸惑った次の瞬間、一歩前から聞こえる咀嚼音。

「……ああ! 盗っ人!」

「ふむ。糖葫芦みたいなものか」

抗議の声を上げる私に一切取り合わず、嶺厳は納得したように頷きながらうっすら染まった紅色の唇をぺろりと舐める。
そのほんのり艶っぽい仕草にうっかり、とくん、と心臓が跳ねた。けれどそれを気取られるのも何だったので、私は焦ってまごつく口を平気なふりをして開いた。

「……たんふーる? なにそれ」

「これによく似た中国の菓子だ。串刺しにした山査子に赤く着色した水飴をかけて固めている」

「サンザシって食べられるんだ」

「ああ。味も少し似ているかもな」

あれと比べると酸味が弱いが、と言いながら再び口に運ぶ。濡れたように艶めくりんご飴が彼の手の内できらきらきらめいている。
深く赤いその珠は、嶺厳が持っているとまるで赤瑪瑙のように見えた。私はアクリルだったのに。

「……そのなんとかふーるもおいしそうだね」

「機会があれば一度食べてみるといい。これを美味いと思う味覚なら気に入るかもしれん」

「その時はいいお店まで案内してよ。私中国語はまだニーハオとウォーアイニーしかしゃべれないし」

「学べ、図々しい」

私の前歯へりんご飴が割と強めに激突する。
あ、確かにこれは鈍器だわ。激痛だもの。
悶えながらうずくまる私を気遣うこともなく、嶺厳は三つ編みを夜風になびかせながらすたすたと先を歩いていってしまう。くそう、冷血人間め。

……と心の中でついた悪態が聞こえたのか、夜を飾る電飾が途切れた位置で彼は立ち止まり、こちらを振り向いた。
ちょうど顔が陰になっていて、こちらからは表情を窺い知ることはできない。

「いっいや冷血人間っていうのは言い過ぎというか思い過ぎというかあの」

「日常会話くらいできるようになれ。将来困るのはお前だぞ」

「……、え」

「ちゃんと話せるようになったら、お前の我儘に付き合ってやらんこともない」

ほら、と私の手に二口ほど齧られたりんご飴が返ってくる。
何故だろう。この真っ赤な球体がまるで今の自分のように思えて、ひとくちがなかなか進めない。

滑らかな曲線に唇をくっつけて、これより酸っぱいという隣国のお菓子を想像してみる。
それもそれできっと、私は気に入る気がした。

きっといいバランスなのだろう。……どこかの誰かさんのように。




了.




正式名称は冰糖葫芦(ビンタンフール―)というそうです。
これを書きながら調べものしていたら「柳眉」が男の人には使えない表現だと今更知りました。でも飛燕とか嶺厳ならぎりぎり許される気が……す……駄目か……。

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