□cigaret-kiss
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「一本ちょうだい」

とろりと濡れた彼女の瞳に映っているのは、薄闇にぼんやり立ち上る紫煙だった。
シーツに沈んだままのなまえを眺めつつ、卍丸は先程まで彼女と重ねていた唇に銜えている煙草を吸う。ふうと吐き出した煙になまえは顔をしかめた。

「いつからスモーカーになったんだ?」

「そういうわけじゃないけど、ちょっと試してみたいの」

「ふん……」

ベッドサイドでくたびれているパッケージに手を伸ばして新しい一本を引き抜く。半身を起こした彼女の、情事の後で艶めく唇に差し込んでやってから、卍丸は自分の煙草の先端をそこに押し付けた。眼前に迫るなまえが一瞬だけ身を震わせる。
合わさった場所で強く橙が灯り、ちりちりとかすかな音とともに火が移る。

「……キスされるとでも思ったか?」

「……火のついた煙草銜えてる人に顔近づけられたら、ふつう驚くでしょう」

「少しずつ吸え。一気に肺に入れると咽るぞ」

「ん……」

シーツに隠れた胸が大きく上下する。神妙に目を瞑ったなまえの眉が徐々に寄せられていく様子を、卍丸はさもありなんという心持ちで眺めていた。
やがて彼女の指先が煙草を口元から離し、ため息とともに煙を吐いた。

「……おいしくない」

「ああ、同感だ」

「え……あなた、おいしくないのに吸ってるの? どうして?」

「お前とのキスがより旨くなる」

「やだ、きもちわるい」

ほんのり頬を染めて、嘘つき、と顔を背ける姿はなかなかに男心をそそる。これ以上は明日以降のご機嫌と体調を確実に損なわせるのでやめておくが。
なまえはゆっくりともう一服すると、まだ長いそれを灰皿にぐりぐりっとこすりつけた。子供が見様見真似でしているようなぎこちない仕草に、似合わないのはお前の方だと心中で呟いた。

「同じ匂いがするはずなのに」

しばらく置いてから、なまえが煙草の匂いのする囁きを紡ぐ。

「あなたとのキスが嫌じゃないのはどうしてかな、って思っただけなの」

「お前が俺に惚れてるからだろ」

彼女の白く細い肩を掴み、こちらへ向ける。驚きに薄く開いた唇へ、今度は本当に触れるだけのくちづけを落とした。

「――それか、ヤニ以上の依存性があるかだ」

せせら笑う卍丸の鼻が強く抓まれた。ごふっと咳き込む苦い口内へ潜り込んでくる彼女から煙草の匂いはもうしない。
いつも通りの甘い唇を貪りながら、卍丸は合図のように片手の煙草を揉み消した。



了.





シガーキスにロマンを感じる。

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