□何らかの馴れ初め
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「女のような奴」ではなく「正真正銘の女」だと気付いた時にはもう、彼女は雪原に満身創痍の体を横たえていた。
柔和なつくりの相貌に刻まれた傷はとめどなく鮮血を垂れ流し、皮膚は所々青く染まっている。歯も何本か折れてしまったのだろう、腫れた頬を抑え「殺して」とつぶやく彼女の発音は少し不明瞭だった。


「ねえ、筋肉達磨さん……負けた分際でこんなこと言うのも何だけど、嬲り殺しはみっともないんじゃない?
男塾塾生の名が泣くわよ。やるならさくっとやりなさい、さくっと」

「……お前、女か」


確認のための問いかけに対し、彼女は青息吐息を繰り返している口をぱかんと開けた。この状況にはとてもそぐわないコミカルな表情だった。


「は? え? もしかして今更気付いたの?
随分楽しそうだったから、女をいたぶるのが好きな変態なんだと思ってた」

「ば、馬鹿言うんじゃねえ、女痛めつける趣味なんざあるか」

「じゃあ女みたいな男を痛めつける趣味はあるわけ? それはそれで相当悪趣味ね」


女の喉から濁った音がした。どうやら笑ったしい。その後二、三度咳をした女が血を吐き出し、雪にぱっと赤を散らした。


「ならなおさら、さっさと殺して」

「……女を手にかける趣味もねえ。
責任取って手当はしてやる。その内、ほら、其処で様子伺っていやがるてめえのお仲間が連れ帰ってくれるだろうぜ」


およそ数十メートル離れた物陰から殺気を垂れ流している連中に向かって顎をしゃくる。しかし女は短く嘆息すると、けだるそうに首を振った。


「んー、せっかくのご厚意だけど、それは無理じゃないかな……。私はもう使い物にならないだろうから、ほっとかれるか処分されるかどっちかだもの。
結果は一緒なのに長々と苦しむのは嫌だからあなたに頼んでるの」

「何だよそりゃ。仲間じゃねえのかよ」

「生憎、あなた方みたいに仲良しこよしじゃないし」

「……ちっ」


放り出したままの釽舞大円盤を手に、独眼鉄は重たい腰を上げた。重量感のある鉄塊は氷のように冷え切っていたが構わない。
知らなかったとはいえ、自らの悪癖により女に酷い暴行を加えてしまった事実が独眼鉄の血を煮えたぎらせていた。自分自身への憤怒と後悔を何かにぶつけてしまわなければどうにかなりそうだ。

幸い、ぶつける相手ならば近くにいる。それもなかなかの多勢に無勢らしい。こちらとてただでは済まないだろうが、今ならばそれもありがたいと思う。

自傷がてらの憂さ晴らしにはもってこいだ。


「女」

「なあに? 覚悟決まった?」

「ひと暴れしてくる。死ぬなよ」


きょとんとする女に背を向けて、独眼鉄は自身の自慢の太腕で、巨大な得物を力強く振りかぶった。










「――あなたってあれでしょ。馬鹿でしょ」

「うるせえ」

「敵の女なんか庇って大事な身体傷つけて、しかもおんぶで本拠地までご案内なんて。絶対馬鹿だわあ」

「うるせえっつってんだよ。置いてくぞ」

「ここまで世話焼いといてほっぽり出すなんて無責任にもほどがあるわよ。最後までちゃんと面倒見てちょうだい」


ぎゅ、と女の腕が独眼鉄の首に絡まる。出来たばかりの傷へダイレクトに響いて、独眼鉄は思わず苦悶の呻きを発した。女はそれでも愉快そうにしていたが、心持ちしがみつく力が弱まった、気がした。



「――女をキズモノにした責任、取ってくれるんでしょう?」

「み、妙な誤解を受けそうな言い方すんじゃねえよこのアマ!」

「なまえよ。私、みょうじなまえ。
ねえねえ、筋肉達磨さんの名前も教えてよ。じゃないと変態筋肉達磨さんで固定するわよ」

「下手に出てりゃ調子づきやがって……!!」







――――独眼鉄が彼女のしつこさに耐えかね、己の名前を白状して「そのまんまね」と笑われるのは、あと数分後のことである。





了.








ハク舞大円盤のハク(金編に瓜の字)が変換できなかったため【釽】で代用しましたが、閲覧環境によってはこちらも表示されていない可能性があります。力不足で申し訳ありません。

独眼鉄先輩は男には厳しいけど、女子供と動物には優しかったらいいなと思います。

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