□肉を齧って骨を食む
1ページ/1ページ




暗夜であっても、この奥深い森から音が止むことはない。
梟の鳴声。夜行性の獣の唸り。空を切る風の音や、木々のざわめき。
それらの自然音に混じり、パチパチと爆ぜる火の音になまえは耳を傾けていた。

森の空気は凛と澄んでいるが、代わりに肌を切るように冷たく体温を奪う。
目の前で橙に燃え盛る焚き火は、物理的なものだけでなく視覚的にも凍える身をあたたかく解していた。


……しかし正直なところ、なまえにとっては焚き火にあたっている身体の前面より、彼と触れそうな距離にある右肩の方が熱く感じるのである。

ちら、と気付かれないようにそちらを窺ってみる。
隣に腰を下ろした男は、陰気な顔を焚き火に照らされながら小鳥の羽根と嘴をむしっていた。
うむ、ロマンの欠片もない。



彼――蝙翔鬼は、手慣れた様子で鳥たちの下処理を終えた後、ほぼ形を残したままの肉を串へ通し目の前の焚き火に差し込んだ。
炙られている鳥の皮から脂が滴り落ち、炎の中でじゅっと蒸発する。香ばしい匂いに思わずなまえの腹がきゅうと鳴った。

「へ……蝙翔鬼先輩。本当に、すぐ本陣へ戻らなくて大丈夫なんでしょうか」

「は?いいわけがないだろうが。
腹が減って動けんと抜かすたわけ者がいなければ即舞い戻っておるわ」

「ぐ。そ、そうですよね……すみません……」

そして墓穴を掘る次第である。

(……あー、失敗したなあ)

不甲斐なさと申し訳なさに、なまえはしょんぼりと肩を落とした。



理由はさっぱりわからないが、男塾と長年敵対しているらしい宿敵――その分隊の撃破を命じられた蝙翔鬼となまえは、空中から奇襲する形で彼らを戦闘不能に追いやった。そう、そこまではよかった。
しかし初陣で張り切っていたからか、それとも蝙翔鬼の役に立とうと気負いすぎたのか。殲滅直後に疲労困憊になったなまえはふらりと倒れ、急遽エネルギー補給に時間を費やす事態に陥り、今現在のこの状況である。

(先輩に呆れられちゃったかなぁ……)

しめっぽいため息をついて俯いたその時。
なまえの目の前へ、いい具合にこんがりと焼けた鳥の丸焼きが無造作に差し出された。

「……落ち込む暇があったらさっさと食え。
食い意地が張った小娘の働きがそれなりに悪くなかった所為か、時間はさほど切迫していないからな」

「先輩……!」

不器用なフォローに感激しつつ、なまえは串を受け取った。
あまりにも形を保っているその姿は少々食欲を減退させたものの、そんなか弱いことを言ってはいられない。

なまえは意を決すると、頭から肉にかぶりついた。
パリッと焼けた皮が裂け、熱い脂と塩気が口内に流れ込む。はふはふと冷ましながら、もう一口。
頭蓋の骨は案外柔らかく、奥歯で小気味良い音を立てながら簡単に噛み砕けた。
サイズが小さいので肉付きはよくないが、よく締まっていて旨味が濃い。熱くとろける脳をちゅるりと啜り、共に飲み込む。

(……おいしい)

咀嚼と嚥下を夢中で繰り返し、気が付けばなまえはぺろりと一羽を胃に納めていた。

「先輩すごい。おいしいです」

「当然だ、俺が仕留めたんだぞ」

意外と豪快に肉を噛み千切りながら、蝙翔鬼が仏頂面で言い放つ。
どこか得意気な横顔にかわいらしさを見出だしたけれど、口に出したらまず無事ではすまなそうなので口内に残っていた鳥皮と一緒に飲み込んだ。

しかし確かにこの味の佳さ、ただ事ではない。野生の鳥を捕らえて塩で焼いただけとはとても思えない。
いやはや天稟掌波、恐るべきわざである。

「本当においしい。
一家にひとり天稟掌波使いが必要になる時代も近いですね!」

「フフ……まったく、お前はすぐに調子に乗るんだな。
お前のそういうところを愛嬌と捉えるか、単純に殺したいと思うかは意見が分かれるところだが、俺は後者だ」

「大変申し訳ありませんでした本当に感謝しております。どうか今ひとたびのお慈悲をください」

天稟掌波の構えを取る蝙翔鬼に対し、青い顔で平身低頭するなまえ。その耳に、くく、と喉の奥で笑う声が聞こえた。
そっと顔を上げてみると、熱々に焼けた肉を唇に押し付けられた。

熱い。あっつい。焼ける。でもおいしい。

あぐあぐと火傷しながらたいらげる滑稽な様に、蝙翔鬼はたまらず噴き出した。










「――ちゃんと腹が減るだけ上出来だ。
こういう状況に慣れていない者は、緊張で食欲を無くしたり無理矢理食って戻したりするからな」

「苛酷ですね」

眼下に暗い森を見据えながら、なまえは神妙に呟く。頭上には無数の蝙蝠たちが羽ばたいていた。
蝙翔鬼の小脇に荷物のように抱えられたなまえは――実際お荷物になっている感はあったが――腹部に回された彼の腕を必死で掴みながら空中を漂う。
蝙蝠たちはなまえひとりが増えたところでものともしていないようだった。実に頼もしい。

「貴様も場数を踏んで立ち回り方を覚えれば、そこそこ使えるようになるだろうよ。
今は未熟で燃費も悪い小娘だが」

「が、がんばります。
ちゃんと一人前になれたら、また天稟肉ご馳走してくださいね」

「俺が卒業する方が早そうだな」

「その時は蝙翔鬼先輩のお宅まで押し掛けるから大丈夫です」

「何が大丈夫だ。どうして卒業後もお前の能天気な面を見ねばならんのだ」

「まあまあ、先輩の卒業とやらもまだ時間かかるでしょうし、その内慣れますよ」

「そうか。落とされたいか」

「あわわわわごめんなさい許して離さないで」

「……まったく。
大体俺に慣れさせようとしたら、お前だって俺の陰気な面を頻繁に見る羽目になるんだぞ」

「? それの何が問題なんですか?」

「……………………」

蝙翔鬼は不愉快そうに鼻を鳴らすと、ずり落ちかけたなまえをぎゅっと抱え直した。
脇腹にめり込んでる指が痛い。少し力を緩めてほしい。もぞもぞと蠢いていると、さらに力が強まった。





「いっそ嫁にでも来たら食い放題だぞ」

「……えっ」

「む?
……いかん、本隊同士が交戦を始めている。すぐに合流するぞ、みょうじ」

「えっ……えっ……そんなことより今の……」

「あ? そんなこと?」

「あっいっいいえ……わ、わかりました!!みょうじなまえ、頑張ります!!全力で!!」

「大声を出すな馬鹿者!!」






了.




蝙翔鬼先輩と天稟肉をかぶりつきたいという情熱と欲望をぶつけました。満足です。
野鳥を捕獲するのはやめましょう。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ