□こうもりごっこ
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失礼しますと扉を開いたなまえは、視界に入った黒いものが何なのか咄嗟にわからなかった。
薄暗い室内の床にべちゃりと落ちている、てらてらとした布。まじまじと見つめて気付いたその正体に、なまえはヒエッと声をあげた。

「へ、蝙翔鬼先輩、蝙翔鬼先輩。蝙蝠さんが床に落ちてますよ」

「ん?……ああ、気にするな」

「気にするなって……こんなぺったり這いつくばってますよ、大丈夫なんですか?」

蝙蝠愛に溢れているはずの蝙翔鬼の淡々とした返しに、なまえは困惑はさらに極まる。

「……具合が悪くて落ちているわけではない、敵がいないから油断しているだけだ。蝙蝠にとっては特に珍しい行動でもない。
天井に吊り下がっている時よりも気を抜いているから、そっとしておいてやれ」

珍しく柔和に――あくまでも普段と比較すれば、だが――答える蝙翔鬼。相変わらず蝙蝠の話をする時だけは饒舌で機嫌がいい。
へえ、と相槌を打ちながら、なまえは床ですやすやと眠る蝙蝠の傍らにしゃがんだ。

「これ、くつろいでるんですか。
それがわかると急にかわいく見えますね。この何とも言えないくったり感」

「蝙蝠はいついかなる時も愛らしかろうが」

「いつもはかわいくないなんて言ってないじゃないですか。
あーもう天稟掌波で消しゴムのカス飛ばさないでくださいよ地味に痛いですよそれー」



* * * * *




――というやり取りをしたのが数日前。

「……今日はまた、ずいぶん大きな蝙蝠が落ちてるな」

固く筋張った手足を縮こめて、黒の外套に閉じ籠るその姿はまさに巨大な蝙蝠だ。
うねる前髪をするりとかきあげると、寝息ひとつ立てていない苦々しげな寝顔。

「これでもくつろいでいるのだろうか」

「ん…………ん」

「今日は暑いし、多分、床の冷たさを求めてこうなったんだろうなあ。床ってわりと気持ちいいもんなあ」

なまえは少し首を傾げて何やら思案を巡らせた後、向かい合う形でごろりと寝転んだ。
床は固くて、日が当たらないせいか思ったよりもひやりとしている。

「ちょっと腕借りますね……。
うわかたい寝心地さいあくだこれ」

「………………うぅ、ん……」

「うーん……首が安定しない……腕枕ってこんなもんなのかしら」

自分勝手なことを呟きつつごそごそと動き回ったのち、なまえはやっと諦めたように首を落ち着け息を吐いた。
至近距離にあるしかめ面に思わず苦笑いがこぼれる。起きている時と同じ眉間の皺を指先で伸ばしてやりながら、なまえは薄桃の唇で柔らかく言葉を紡いだ。

「……おやすみなさい。蝙翔鬼先輩」







「――――つまり、起きたらやたら腕が痺れていたのは貴様のせいか」

「私もまったく首が回らないのでここはひとつ痛み分けといきませんか」

「どの口がほざいていやがる、貴様の過失が十割だろうが!」

「蝙蝠系女子への道は遠いなあ……」



了.




ぺちゃっとなってる蝙蝠かわいすぎる。
蝙翔鬼先輩なら作業の傍ら、超レアな優しい顔で眺めてると思います。妄想です。

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