□鎮守直廊いきもの係
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「ん……何だ、お前まだ腹が減っているのか?ならば俺の血を飲むか」

「こらこら君、嘴の毒が落ちているではないですか。どこかで獲物でも仕留めてきたんですか?塗り直しますので動かないように」

――一見ほのぼのとした物騒なやりとりを交わしながら、人ならざる戦友の世話を焼いている同僚ふたり。
その甲斐甲斐しい様子をただぼんやりと眺めていた独眼鉄は、髭に囲まれた口をへの字に曲げううむと唸った。

「何だかよ、そういうのいいよなあ。
俺もお前らみたいにペット飼いてえなあ」

何気ない様子で呟いたその一言。
しかし他の番人二人は申し合わせたようなタイミングで、ぴくりと眉をひくつかせた。

「……独眼鉄、まさか貴様、俺の友に対してペットと抜かしたのか?失血死するか?」

蝙蝠の事となると、ただでさえ低い沸点がさらに下がる蝙翔鬼が隠す気のない殺気を飛ばす。それをまあまあとディーノが宥めるが、こちらも見た目とは違い非常に血が上りやすいタチである。こめかみにはうっすらと血管が浮き出ていた。

「私としても死穿鳥をペット呼ばわりされるのは不本意なので後でシメますが、それは置いておいて。
ペットなら君はもう飼っているじゃないですか」

「ああ?」

想定外の発言に、独眼鉄はいかめしい顔にきょとんと呆けた表情を乗せた。
あまりにも当然といった雰囲気を醸し出されてしまったせいか、独眼鉄自身もそうだったかと一瞬納得しかける。

しかし、野良犬や野良猫を拾って持ち帰ったことはあれど皆引き取り手は見つかったはずだ。残っている動物も再び拾ってきた動物も今のところいない。
一分ほどじっくり考えた後で、独眼鉄はやはり首を振った。まあ考えずともわかりそうなものなのだが。

「……いいや、やっぱりなんも飼ってねえぞ」

「まったく察しの悪い人だ。
君が構って餌付けまでした結果居着いてしまった生き物がいるでしょう。他のものに目移りせず、最後まできちんと面倒を見なさい」

「おい……横から口を挟むようだがディーノ」

黙って口上を聞いていた蝙翔鬼のぎろりと鋭い目が、独眼鉄からディーノへとその対象を変えた。

「それについては貴様も同罪だろうが。
お前ら二人が世話を焼いたせいで、本来ならば鎮守直廊の番人しか入れぬはずのこの部屋にあれがへらへらと通うようになったんだぞ」

「なあ、お前ら何の話をしてんだ?」

「おやおや蝙翔鬼」

カツン、とブーツの底を鳴らしてディーノは蝙翔鬼に向き直る。
人の神経を逆撫でするようなにやけ顔を浮かべ、一切怯むことなくその視線を受け止めている。この程度のいさかいは最早慣れたものだ。

「まるで自分だけは無関係だとでも言いたげですが……君だって時折あの子を玩具にして遊んでいるではないですか。
人前では至極迷惑そうなふりをしているくせに、ムッツリ男はこれだから嫌ですねえ」

「な……!お、俺はただ擦り寄ってくるあいつをあしらっていただけで、そんなことを言われる筋合いなど……!」

あからさまな動揺を見せる蝙翔鬼に対し、ディーノはよく手入れされた艶のある髭をひと撫でしてから含みのある笑みを浮かべた。

「そんな反応をしては図星だと認めたようなものですよ。
まったく……君のような汚れた大人が、疑うことを知らない従順な彼女と戯れながら一体を考えているのか……ああ、想像するだけで怖気が走る」

「け、汚れているのはどう考えても貴様だろうが!スキンシップだとのたまいながらセクハラ紛いのことばかりしおって、この好色野郎が!」

「話についていけねえんだが。俺も混ぜろよ、なあ」

ついに一戦交え始めたふたりを、独眼鉄は蚊帳の外でひとりぽつねんと傍観していた。








「――先輩方、こんにちは。
……ってあれ。ディーノ先輩と蝙翔鬼先輩が死闘を繰り広げている」

「おおみょうじ、また来たのか。危ねえからここ座ってろ」

「あ、はい、ありがとうございます。
今日は何が原因なんですか?」

「さあ……よくわからねえんだよなあ。何かペットがどうの野良犬が居着いただの言ってんだけどよ。何も飼ってねえのによ」

「犬?ここで飼ってらっしゃるんですか?見たい見たい!」

「だああじゃれつくんじゃねえ、飼ってねえと言っとるだろうが!
……まあ、いつも通り暴れるだけ暴れりゃ収まるだろ。それまで菓子でも食って大人しくしてろ。ほら」

「わぁいお菓子。
じゃあ私、四人分のお茶用意してきますね」



ぴょこぴょこと嬉しそうに駆けていくなまえの後ろ姿を見送りながら、独眼鉄は「あいつ犬みてえだな」と苦笑いする。

しかし結局彼がその感想から何かを察することは無かったし、恐らくこれからも無いのであった。




了.




鎮守に飼われたい。番犬になりたい。

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