□二の腕または時速60キロ
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「なあみょうじ、おっぱい揉ませてくれんか?」

「………………は?」

そこの醤油取ってくれるか?並の軽さで爆弾を落とした虎丸に、なまえはぽかんと口を開けることしかできなかった。
空耳かと思ったが、突き出した手をわきわきと動かすジェスチャーを見る限り聴覚は正常らしい。

日直の仕事も済んでさあ帰ろうと言う時になんだこの展開は。
とりあえず通学鞄を肩にかけ、なまえは仕方なく虎丸に向き直った。

「……とりあえず断るけど、一応、理由だけ聞いてもいいよ」

「おお、聞いてくれるか!」

満面の笑みを浮かべる虎丸に聞くだけだからねと釘を刺す。しかし虎丸はさらりと聞き流すと難しい表情で語りだした。

「実はな、昨日富樫や田沢たちと『おっぱいの感触に一番近いものを探して揉みまくろう』って話になってな」

「……へ、へえ」

「やれ水入りのビニール袋だの、やれ空気の抜けたラグビーボールだの、三時間くらいは色々試してたんじゃ」

「その情熱はどこから……」

「男なら腹の底から湧き上がってくるもんだろうが。……しかし52個目、水溶き片栗粉を熱して出来た塊を試しとる時、俺たちは重大な事実にぶち当たった!
そう!全員、モノホンのおっぱいを揉んだ事がねえってことに!!」

バン!と虎丸が講談師のように机を叩き、なまえは床から数センチ飛び上がった。

「みょうじ、この時俺たちがどれほどショックを受けたか、お前ならわかってくれるじゃろうが!」

虎丸の勢いに押され、なまえは後ずさりながら思わずこくこく頷く。途端、虎丸はニッと歯を見せて笑った。
その無邪気な笑みになまえの心の中の松尾が「嫌な予感がするのう」と呟いた。

「そうか……。やっぱり、みょうじは優しいやつだな……。
じゃあありがたく」

「待って!その手つきでにじりよってこないで!」

「俺達の気持ちを分かってくれたんじゃろ?つまり揉ませてくれるってことだろうが」

「それとこれとは話が全然違……っぎゃああ!」

これ以上の問答は無意味だとばかりに虎丸はなまえの鞄の紐をむんずと掴み、とんでもない力で引っ張る。それにバランスを崩しながらも、なまえは鞄を取られまいと必死で食らいついた。

しかし相手は獄悔房を耐え切る力自慢の虎丸である。腕力でかなうはずもなく、なまえは抵抗むなしくずるずると引きずられるばかりだった。

「頼むみょうじ、ひと揉みでいい!俺たちは最後まで、おっぱいに一番近い感触はなんなのか追及してえんだ!
こんなところで……諦めるわけにいかねえんだよ!」

「なにを大声で恥ずかしいこと語ってんの!……う、わわっ!」

ぐい、とひときわ強い力で引かれて、なまえは前につんのめった。
すでに至近距離まで迫った虎丸が倒れ込むなまえの身体を受け止める。ひ、と喉の奥から震えた呼気が漏れた。

「へへ……捕まえたぜ、みょうじ……」

「ちょ、やだ、離してっ……この馬鹿力!離せー!」

「暴れんなって!大丈夫じゃ、すぐ済むから!ほんの1分くらい!」

「ひと揉みだろうが1分だろうが絶対やだ!虎丸の助平!馬鹿馬鹿!嫌い!」

「っ…………」

急に、身体を拘束する虎丸の腕から力が抜けた。
隙ありとばかりに距離を取って、なまえはキッと虎丸を睨みつけ――――すぐに戸惑いの表情に変えた。

普段はくるくるとよく動く丸い目が悲しげに伏せられ、太い眉は力なく垂れさがっている。
ちょっとやそっとでは動じない快活で豪胆な虎丸のすっかりしょげ切った様子に、なまえの良心は理不尽に痛めつけられた。

「ちょ……わ、私が悪いみたいな顔しないでよ……。
む、胸なんて、簡単に触らせるものじゃないし……好きな人とかじゃないと、だめだと思うし……あの……」

「……みょうじは俺が嫌いなんじゃな……」

「いやいやさっきのは言葉の綾というか、暴言だったのは謝るけど、元はと言えば虎丸が……」

「じゃあ本当は好きか?」

「え……そりゃあ……大事な友人だと思ってるけど……」

「俺もだ、みょうじ。俺は信頼もしてねえ奴にこんなこと言えねえ……。
お前が女だってのは確かだけどよ、んなこと関係なくダチだと思ってる……」

「……虎丸」

「分かってくれみょうじ、俺ぁ本当にいやらしい気持ちなんて持ち合わせちゃねえんだ。
これっぽっちも、ほんのひとかけらも、お前に下心なんぞ抱いたことはねえと断言できる!
俺はただ、おっぱいの感触を知りてえだけなんだ!信じてくれ!そして協力してくれ!」

「………………う、ぅ」

男塾で唯一の女塾生という肩身の狭い立場になってから、極端に「友達」「信頼」の言葉に弱くなったなまえの心が揺れる。

いや、ありえないでしょ。と理性は呆れたように切り捨てるが、あの虎丸の真剣な目を見てほしい。
あのまっすぐな目を信じてやるのが友情ではないだろうか。出来うる限りの力を尽くすのが仲間ではないだろうか。

ぐるぐると渦を巻くなまえの目は半ば正気を失っていたが、そんなことを本人が気づくわけもない。
口内の唾を飲み込んで、なまえはついにその許可を下した。



「…………わ、わかった。協力……する」

「みょうじ……!」

「……でも、後ろから一回触るだけにしてよ」

「おう、まかしとけ!」

友情と羞恥を天秤にかけ、ちょうど均衡を保つ妥協策を提示する。
言う通りに背後に回った虎丸のがっちりとした身体が密着し、脇の下を通って腕が伸びてくる。

相変わらずわきわきと怪しい動きを繰り返す虎丸の掌が――がしっ、となまえに力強く掴まれて静止した。

「……んん?
みょうじ、離してくれんと触れねえんだが」

「その前にいっこ聞いていい?」

「おお、なんだ」

「私のお尻に当たってるのはなに?」



「……………………情熱、かのう」



ぐちっ。

なまえの踵が虎丸の情熱を打ち砕く音が、教室に生々しく響いた。



了.


子犬二匹がじゃれてるようなかわいい話が書きたかった。
つまりこんなはずじゃなかった。
タイトルのふたつはおっぱいに近い感触がするらしいです。




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