□団欒の人
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「急に来られても大したものないよ」と苦笑しつつも、彼女は豆のような形状をしたローテーブルにてきぱきと二人分の夕食を用意した。

キャベツの千切りが添えられた生姜焼きに、ごろごろとかたまりの残るポテトサラダ。
ふっくら焼き上がった厚焼き玉子からはまだ湯気が立っている。
最後に味噌汁と炊きたての白米を置いて、なまえは豪毅の向かいへ腰を下ろした。

「やれやれ。藤堂財閥総帥の夕餉が、こんなに庶民的でいいのかしら」

「普段は外食ばかりでな。たまにお前の所帯染みた料理が恋しくなる」

「そりゃどーも。
母譲りの所帯染みた家庭料理をどうぞお召し上がり下さいませ」

お口にあえば何より、とおどけながらなまえは味噌汁を音もなく啜る。
倣って口をつければ出汁の香りがふわりと鼻をついた。

「熱いから、やけどしないようにね」

「いらん世話を……」

「おかわりあるけど、飲む?」

「……もらう」

「はーい」

塾生時代を思い出す懐かしい味は、日々の忙しさでささくれた心にひどく沁みた。
強張った芯まであたたかく溶かすような感覚にふっと息をつく。

「変わらんな。お前は」

「それ、誉め言葉?」

「好きに取れ」

「ふふ。じゃあ都合のいいように受け取っとこうかな」

朗らかに微笑うなまえを、豪毅はどこか眩しいものを見るように目を細めた。



――いたって平凡な家庭で育った、といつかなまえは豪毅に言った。
娘を男塾に入塾させる時点で平凡な家庭かは甚だ疑問だが、その飾り気のない温厚な人柄からはなまえの環境が容易に伺い知れる気がした。

穏やかな家庭で、あたたかな食卓を囲む。それを彼女は平凡と呼ぶのだろう。当たり前のように家族に愛され、そして、愛してきたのだろう。
……自分には縁のなかったものだ。



幼い頃からひたすらに武術と帝王学を叩き込まれてきた。
都合のいい道具として育ち、家族のぬくもりとやらを知らずに過ごした孤独の時を恨みに思ったことはない。
数多の血と怨念を一身に浴びた過去に蓋をするつもりも毛頭ない。

ただ自分に子ができたとしたら、家庭というものも、母の味というものも、知っていてほしいと思う。

願わくばそれが、目の前で微笑む女からもたらされるものであってほしいと。





「――馳走になった」

「はい、おそまつさまでした」

きれいにたいらげられた皿を重ねながら、なまえが嬉しそうに笑む。

「豪毅君、もし今度来ることあったら、事前に連絡入れてよね。なけなしの腕によりかけておくから」

「面倒だな。……いっそお前が、俺の家に住むというのはどうだ」

「家政婦さんとして?お給金たくさん出してくれるならいいけど」

「給料は出ないが、特別なポジションなら用意してやる」

顔にクレッションマークを浮かべるなまえの左手を、豪毅はごく自然な動きで取る。

ちゅっ、とリップ音と共に吸い付かれて驚いたなまえが勢いよく手を引いた。
しかしそこは――薬指の根本はすでに、薄赤い跡で淡く染まっていた。

「ご、豪毅君……!?」

「本物が欲しくなったら言え。いつでも総帥夫人にしてやる」



――いつか俺を、お前の愛する『家族』の一員にしてほしい。
耳まで赤く染め硬直しているなまえへとどめのように囁いて、豪毅は彼女に背を向ける。



閉じた扉の向こうから漏れる意味を成さないパニック声に、豪毅はゆっくりと笑いを噛み殺した。



了.



男塾は家庭環境に問題ある人が多そう。




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