□もどかしい
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「ねえ、雷電。よかったら何かお話して」



――図書室に向かって近付いてくる足音に、もしかしたら彼女ではないかとほんの少し期待していた。
そんな自分を恥じながらも表面には出さず、目の前に座る彼女に問いかける。

「何の話が良いでござるか」

「何でも」

自分の元に彼女が訪れるのは初めてではない。今までに話した内容を振り返り、ひとつひとつ省いていく。
その作業を終えると、やがて自分の知り得る知識のひとつを彼女に受け渡し始めた。

年頃の娘にとっては面白味にかける話なのでは、と語りながら悩ましく思う。
だが彼女は頷きながら、時折疑問点を口にしながら、しっかりと小難しい故事や血腥い中国拳法のあれこれ等々を自分の身にしようとしているように見えた。

それはとても嬉しいことだった。
彼女のきらきらと輝くばかりの知的好奇心を、それに付随する真面目さを、好ましいと思った。ただ純粋に。



いつからだったのだろう。
彼女の存在が、この胸に波紋を起こすようになったのは。

「……みょうじ殿。貴殿は、よくこうして拙者を訪ねてくれるが」

「ん?」

「拙者の話など、却って退屈ではござらんか。婦女子が喜ぶような話題ではないと思うのだが」

女人の扱いに長けた飛燕や剣殿の方が楽しい一時を過ごせるのではないか。
それは時折脳裏によぎる、自己否定に似た考えだった。
彼女と共にいる時の妙なざわつきを自覚してから、それはさらに加速し胸を苛むようになっていた。

問われた彼女が一瞬だけ、虚を突かれたように押し黙る。
しばらく思案顔でこちらを見つめた彼女は――しかしやがて、ほころぶような笑顔をあどけなさの残る顔に浮かべた。

「……すごく楽しいよ、雷電のお話。
それに私、雷電みたいに物識りになって『知っているのかみょうじ!』って言われるのが夢なんだ」

雷電は私の憧れなんだよ。
……そうおどけてみせる彼女は、もはや抗いがたく愛らしい。
忘れかけた笑顔がふと口元に浮かぶのに気付く。だが堪えるのはどうにも難しかった。

「……それは光栄でござるな」

そこで一旦口をつぐむ。言葉を、本音を接いでいいのか躊躇う。
気付かれはしないだろうか。隠そうとしても滲んでしまう、あさましい心を。



「……拙者も、貴殿と過ごす一時を……楽しみにしているでござるよ」

芽吹いてしまったこの想いが花開く前に、彼女が自分の知識をすべて吸収してくれないだろうか。

脳内を占める膨大な書籍の数々と、桃色の頬でこちらを見つめる彼女に、ふと軽い眩暈を覚えた。



了.


両片想いはロマン。



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