魁
□もどかしい
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彼の声は心地良い。
ずしりと重く低いけれど、決して重圧感を与えることのない穏やかな声音。
鼓膜を介さず直接胸に流れ込んでいるような、そのまま包みこまれているような、そんな温もりと安心感を与えてくれる響き。
それはそのまま、彼の人間性をも表しているのだと思う。
「ねえ、雷電。よかったら何かお話して」
「何の話が良いでござるか」
「何でも」
落ち着いた陽の光が差す、午後の図書室。
雷電はふむ、としばし思案すると、ぽつりぽつり口を開き始める。
雷電の話はとても丁寧でわかりやすい。大体は珍しい流派の拳法とか、大昔の故事とか、雑学とか。
雷電の話は基本的にそういう傾向だけれど、わからない単語を質問すれば答えてくれるし、難解で理解できなかった所はゆっくり噛み砕いて教えてくれる。
雷電は覚えが早いと誉めてくれるけれど、別に私の頭がいいわけではなく、単純に雷電の教え方が上手なのだ。
「……みょうじ殿。貴殿は、よくこうして拙者を訪ねてくれるが」
ふと、雷電の声のトーンが変わった。
「ん?」
「拙者の話など、却って退屈ではござらんか。婦女子が喜ぶような話題ではないと思うが」
飛燕や剣殿の方が適任なのでは?と、どこか遠くを見て雷電が呟く。
――自分が来るのは迷惑か、と聞き返そうとしてやめた。
たとえ迷惑であったとしても、雷電は自分にそのことを告げないだろう。そういう人だ。かえって気を使わせるだけだろう。
だから、素直な気持ちだけを返答することにした。
「すごく楽しいよ、雷電のお話。
それに私、雷電みたいに物識りになって『知っているのかみょうじ!』って言われるのが夢なんだ」
雷電は私の憧れなんだよ、と、わざと冗談っぽくおどけてみせた。
「……それは光栄でござるな」
ほんのわずか、雷電の声に笑みが混じった。
その柔らかい響きがこんなに私の心を揺さぶることを、ぎゅうと締め付けられるこの胸を、この人は気付いているだろうか?
気付いてほしくない、と思う。
そこから推察される恋心を見透かされてしまったら、きっと私は雷電の元に訪ねられなくなる。
この人はきっと、私のことをきっぱりとは振ってくれないだろうから。
「……拙者も、貴殿と過ごす一時を……楽しみにしているでござるよ」
だからどうか、私のいちばん好きな声音で、そんなことを言わないで。
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