□花唇
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――白い楕円のバスタブに浮かべられた、色とりどりの薔薇の花びら。
一足先に身を沈めた彼は微笑みながら「おいで」と手招きをした。

普段は固められている金糸のような髪は細かなウェーブを描いて肩に落ち、光を反射させながら美しく水面にたゆたっている。

おとぎ話の姫君かなにかにでもなったような気分で、なまえは促されるままタオルに包まれた身体を湯の中へ滑り込ませた。

センクウに背を預ける形で座れば、彼の鍛え上げられた身体や体温を近くに感じて急速に血のめぐりが早くなる。

「……気障」

「フフ。こういう趣向はお気に召さないか?」

芳しくあたたかな空間に響くささやきはいくらか艶めいていた。
吐息が耳朶に触れるほどの距離に、なまえの身体が小さく跳ねる。

「あ、あなただとさまになっちゃうのね」

「お褒めいただけたと解釈しよう」

「っ!……ちょっと、耳くすぐったい……」

「耳……?」

ふうっ、と意図的に吹きかけられた息に驚いてなまえは水面に盛大な飛沫を立てた。

勢いでタオルの合わせ目が緩んだのをこれ幸いと、センクウがあっさり取り上げて浴槽外へ放る。
ぎゃあぎゃあわめくなまえにかまわず、センクウの両腕は一糸まとわぬ素肌を柔らかに拘束した。

「ほら、落ち着け」

「やだやだやだ!無理!いや!」

「大丈夫だ。……大丈夫だから」

ぎゅう、と腕に力がこもる。肌と肌が密着する感触と、背後から聞こえる決して穏やかとは言えない鼓動の速さに、なまえは言葉を失った。

大きな掌が花弁ごと湯を掬い、なまえの冷えた肩を濡らす。
ゆっくりと、そこにいるなまえを確かめるように撫でていく。
繰り返される緩やかな愛撫とも言えない愛撫に、いつしかなまえの心身は恥じらいよりも心地よさを受け入れ始めていた。

「せ、センクウ殿……」

「心配せずとも何もしないさ。
照れ屋な俺の姫君が、明るいままするのは嫌だと仰るのでね」

「…………っ」

「だからせめて、お前の美しい肌が薔薇で彩られる様くらいは見せてくれないか」

「そういうのが……気障だって言うの……」

煌々と照る光の下、さらけ出された自分の裸体を見たくないのに見てしまう。

どうか無数の花弁が包み隠してくれないだろうか。そう願わずにはいられないが、やはり薔薇は彼の味方のようだ。
ゆらゆらと頼りなく浮かびながら、肌に触れてはすぐに離れていく。

羞恥が限界を突破してしまったのだろうか。それとも薔薇の香りのせいか。
未だ、柔らかく触れる手のひらのせいか。
ふわふわゆるむ頭が勝手に、桃色の唇を開かせた。

「……私は見飽きたわ。花びら」

「見飽きた?」

「……センクウ殿と、一緒に過ごした次の日の朝……いっぱいついてるもの」

「……………………ふぅん」

「うひゃっ!?」

首筋にちりつく痛み。
それは一回だけでは収まらず、センクウの形よい唇は幾度も肌を吸っては跡を残し別の場所へ移っていく。

「やめ、ちょっと……!」

「それも見たい。見せてくれ、ここで」

「だめ、センクウ殿っ」

「……煽ってきたのはお前だろう?」

「そんなつもりは……!」

「男がどれほど簡単に火が点いてしまうのか、その身を以て知るがいい」

――ついでに、俺がどれほど堪えていたのかも、な。

そう囁かれてまた肌がざわついた。
このささやかな反応すらも、至近距離の彼にははっきりとわかってしまっているのだろう。

「セ……っ、も、もうお風呂出よう?
……お願い、続きは向こうで……ね?」

精一杯の媚びを含んだ声で、なまえはセンクウに必死の懇願をする。
この流れはよくない。最悪この場で最後までされてしまうかもしれない。

なまえの声にセンクウはふと唇を離した。
彫刻めいた美しく整った顔に、うっとりするほど優しい微笑が浮かぶ。



「断る」



……きっと明日の朝には、今まで以上の花びらがまとわりついていることだろう。



了.


センクウ先輩ならどんなにきざっちいことをしても許される気がする。



 

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