□恋
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「ラーメンでも食いに行かねえか」と富樫に誘われた時には、てっきりいつもの面子も揃っているのだろうと思って一つ返事で了承した。

しかし蓋を開けてみれば、通学路から少し外れたラーメン屋への道のりを歩いているのは富樫となまえのふたりきり。
別にそれでも構わないのだが、皆でわいわいと食事をするのが好きな連中なのに、と多少の違和感があるのも確かだった。

「田沢や松尾は来ないんだ?」

「お、おう。用事があるんだとよ」

「ふうん。珍しい」

ポケットに手を突っ込んで前を歩いている富樫の歩幅は広い。
いつもなら今日のシゴキ内容や道行く可愛い女の子について、などなど駄弁りながら歩くため速度が減少するのだけど、今はついていくのが少しばかり大変だった。

「ま、待って、富樫」

「……お、悪ぃ」

距離が空いていることに気付いた富樫が慌て気味に足を止める。

「ちっと早かったな」

「ううん大丈夫。ごめんね」

「……あ、あのよ。俺ぁ気が利く方じゃねえから、何か気分悪くしたらすぐ言えよ」

学帽で顔を伏せながらそう告げると、富樫は再び歩を進める。

(富樫、どうしたんだろう)

その背を追いながら、なまえはずっと居残り続ける違和感に首を傾げていた。



* * *




「……相談がある」

「へ」

油っぽい床に備え付けられた二人がけのテーブルに向かい合う。
注文を終えてから温かいおしぼりで手を拭いていると、既に氷水を飲み干した富樫が重々しく口を開いた。

「……私に?」

「おう」

若干視線を外してはいるものの、その瞳が真剣な光を宿しているのは窺い知れて、なまえは知らず知らずの内に背筋を正す。

「私で役に立つかな」

「お前じゃねえと駄目だ」

やけにきっぱりと言い切る富樫に一瞬どきりとした。
そのタイミングで店員が注文の品を運んで来たので、一旦話を止めて熱々の麺を啜る。

邪魔にならないよう髪を耳に掛けて、ふうふうと息を吹き掛けていると視線を感じた。
ちら、となまえが顔を上げれば逸らされる視線。

やっぱりおかしい。
不審に思いながら見つめていると、麺を勢いよく啜った富樫が苦しそうに噎せた。

「と、富樫大丈夫!?ほら、お水飲んで」

「げほ、ぐっ、わりい……って、おいこれお前の」

「そんなの気にしてる場合じゃないでしょ」

「……いや、お前が……気にしねえなら、いいんだがよ……けほっ」

二杯目のお冷やを飲み干して、富樫は大きく息をつく。

「落ち着いた?」

「ああ……。
……なあ、みょうじ」

「なに?お冷やのお代わりもらう?」

「いや……。
その、食いながらでいいからよ。そろそろ相談聞いてもらってもいいか」

「あ……うん。もちろん」

眉間に皺を寄せるほど強く、富樫が瞼を閉じる。
その数秒後、彼はなにか決意したようにかっと目を見開いてから、



「──好きな女ができた」

と、言い放った。



…………たっぷりとした沈黙のあと、なまえはただ「え?」という一文字をやっと絞り出していた。

「……え、こ、恋ってこと?……富樫が?」

「なんじゃその言い草は!俺にゃ似合わねえってか!?」

「おっ落ち着いて!そうじゃないけど……ちょっと意外で」

異性に興味が無いとまでは思わなかったが、想いを寄せる特定の女子がいるほどとは予想外だった。

……不意に、置いていかれたようなさみしさを覚えてちくりと胸が痛んだ。

「……近くの学校の子?」

「それは……その……」

「あ、嫌なら言わなくていいんだ」

「嫌っつうかよ……。
……なあ、みょうじ。お前は俺のことどう思ってる?」

「……どう、って?」

「俺ぁ世辞にも二枚目じゃねえし、気遣いもできねえしよ。
女のお前から見て、俺は……男としての魅力みてえなもん、あるのかと思って……」

「…………ん」

なまえはしばし押し黙り、考え込む。
琥珀色のスープに思案顔が映ってゆらめく。富樫も今、こんな顔をしているのだろうか。

「……男としての魅力、がどういうものなのか、私にはわからないけど……」

「………………」

「富樫は格好いいよ」

義理人情を重んじ、人一倍、いや十倍、百倍くらいは根性が据わっている。
仲間と認めたら心からの信を置いてくれるし、皆からの信頼も当然厚い。

突っ走ってしまうきらいはあるけども、本人の直情過ぎる気性がそうさせるのだろう。
いつでも筋が一本通った、まっすぐで真っ当な彼を好ましく思わない人がいるとは、少なくともなまえには考えにくかった。

「何度も富樫に助けてもらったし、支えてもらったと思ってるよ。
……その女の子にも、富樫の良いところわかってもらえるといいね」

最後の台詞を言いながら、また胸が痛んだ。
先ほどのものと同じようで違う気がしたが、深く考えるのはやめにした。

「…………ラーメン」

「え」

「冷めちまったな、悪ぃ」

「ふふ。今日の富樫は謝ってばっかりだね」

いいよ、となまえはからりと笑う。

「富樫が頼ってくれて、嬉しかった」

それは半分本当で、半分嘘だった。
何故半分が嘘になってしまうのかも、なまえは考えたくなかった。

だって名前がついてしまう。
この胸の痛みに、富樫がどこかの見知らぬ女子に抱いた感情と、同じ名が。

「……もうひとつ謝らねえといけねえんだ」

「え?」

「情けねえ隠し事してて悪い、ってよ」

はぁ、と深呼吸のように深く息を吐いて、富樫は顔をあげた。
今日はじめて、その真剣な瞳と視線がかち合った。

黒々と煌めく瞳になまえが映っている。
きっと今、自分の瞳にも、彼が。



「──男塾のダチなんだ。その、好きな女」

「……………………え?」





──ねえ、帰りは手でも繋いで帰ろうか。

そんな台詞を思い付いたけど、見つめ合ったまま真っ赤になって固まる自分たちには、まだ少し早いようだった。



了.



富樫と青春は似合う。
田沢たちはいい奴なので気を利かせてくれました。



 

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