□愛玩
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大きくて肉厚で、人間程度なら蝿を叩くような要領で簡単に潰してしまえるだろう邪鬼先輩の手のひら。
微風を起こしながら静かに足元へ降りてきたそれに、靴を脱いだ私は失礼しますと呟き膝をついた。

バランスを崩して落ちることを懸念してか、上昇はひどく緩やかだった。
やがて邪鬼先輩自身の肩まで高度を上げた手のひらから、がっしりした肩に飛び移る。

「わ。高い」

「落ちるなよ。受け止めてはやれるだろうが、怪我をしないとも限らん」

「は、はい、先輩」

「足を投げ出して、大人しく座っていろ」

「はい先輩……ん、しょっ」

お言葉に甘え、私は両足を外に投げ出してその肩に座る。ごつごつとしているけれど座り心地は悪くない。
弾力のある黒髪をするりとかきわけ、太く筋の張る首にそっと頬を擦り付ける。邪鬼先輩の匂いがした。

とくん、とくん。力強いのに穏やかな脈音はそのまま邪鬼先輩をあらわしているようで、私のちっぽけな身体などあっというまに安心感で満たしてしまう。

──ふと、持ち上げられた邪鬼先輩の指先が視界に入った。
かと思えば、くっついていない方の頬をぶにっとつつかれる。
指先と言っても今の邪鬼先輩は人知を超えた巨体なので、頬というよりは顔半分といった方が正しいのだが。

「ぶぇ」

「柔いな」

「んぶ。じゃ、じゃきへんぱい、やめてくらはい……んむ」

「断る」

とは言いつつも、その指の動きはすぐにつつくものではなく撫でるものに変わった。
指の背ですりすりと頬から顎にかけて触れられると、自分がまるでこの人の愛玩動物になったようでくすぐったい気持ちになる。

(邪鬼先輩、すきすき)

きゅうと胸を締め付ける衝動のまま、かさつく指先に小さくくちづける。一瞬動きを止めた指は、こちらにもと要求するように違う指を差し出した。

「なまえ」

「ちゅ、……ちゅ」

「ふ、素直だな。健気なことだ」

「せんぱい、邪鬼先輩……ちゅ」

「………………、」

「……あっ」

急に離れた指先に、大好きなお菓子を取り上げられた子どものような情けない声をあげる。
しかし大きな手のひらは私の身体をまるごと握ると、自分の目の前にずいと近づけた。



──そして、食むように髪に触れる、あつい唇。



「……あまり愛らしい振舞いをすると、食らってしまうぞ」

そう囁いた口に湛えられる、かすかな微笑。

そのかたちに見惚れながら、私は大きくてあたかかな口内に包まれて、噛み砕かれ、飲み下される想像をする。
ああ。きっとそれは恍惚で、幸福だ。

……けれど、と私は脳内に待ったをかけた。
けれど私がこの人の中で溶けてしまったら、こうして触れ合えなくなってしまうじゃないか。



「………………悩ましいです」

あれこれ迷いはじめた私をもう一度、笑みで震える邪鬼先輩の唇がぱくりと食んだ。





了.



極で邪鬼先輩が普通に巨大化できる設定になってて衝撃。威圧感とは。


 

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