□SS/過去拍手
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(男爵ディーノ)※not夢





……自分は、こんなにも情の無い人間だったろうか。

胸を貫かれてくずおれる同輩を、長年を共にした戦友の無残な姿を目の前にして、何も感じない。何一つ心動かない。
あの魔性のような不気味な男にも、きちんと赤い血は流れているのだと、至極穏やかな思考回路が告げただけだった。

一瞬の息を飲むような沈黙の後、仲間たちのどよめきが強くなる。皆が奴の名を叫んでいる。
だがもはや、その声が届くかどうかも定かではなかった。――致命傷だ。即死していないだけでも奇跡に近い。

そして奴に残された時間の儚さを、誰しもが既に悟っていた。
最後の力で差し伸べた手は容赦なく穿たれ、友と呼んだ獣が踏みにじられる。蹂躙される。虚ろな目が最後に映したのは、愛したものたちの、惨たらしいなれの果てだっただろう。



――独眼鉄を止めなければ。そう思いながら、私は彼を探すために視線を動かした。
彼は私とは違う、こんな場面を目撃したら怒り狂って突進してしまう。そういう男だ。粗暴で無鉄砲で後先を考えない、けれど哀しいくらい情に厚い――

(……いない?)




……ああ、そうだ。そうだった。
……もう、彼も、居ないのだ。

王大人の手配した部下に運ばれてゆく、動かぬ巨体が脳裏によみがえる。



(……万針房と垂溶房は、どうしようか)
 
帰ってきた骸に縋り付く後輩を尻目に、そんなことをぼんやりと思う。試合は次の局面に移っていた。
彼らの為に泣いてやることも、彼らの仇を討ってやることもできないまま、進んでしまう。

やがて、遅効性の毒のようにじくじくと痛み始めた胸を抑えながら、私はその場に立ち尽くした。
支えてくれるものはいない。
独りになったのだと、やっと、その時に気がついた。



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