□SS/過去拍手
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※『亡者は乞う』の後日談的な何か。







「先輩、蝙翔鬼先輩」

「この前、知り合いの男の人が怪我で入院したって話したでしょう」

「あの人が病室で変なこと言うの」

「みょうじなまえに近づくな、従わないなら殺すって言われたって。
拒んだら蝙蝠の大群に襲われてこうなったんだって」

「……心当たりがあるなら、もうその人には近づくなって」

「でも私信じないから」

「蝙翔鬼先輩がそんなことするわけないもの」

「あんな嘘つきより先輩を信じるから」

「先輩のことを悪く言う人になんてもう会いにいかないから」



「……だから」

「だから、黙ってないで、何か言って」

「ねえ、蝙翔鬼、先輩……」



――玄関先で喚かれても、それが徐々に涙混じりの懇願になっても、不思議と煩いとは思わなかった。
自分の鼓動の方がよほど煩く聞こえる。どくどくと全身に血が通う感覚をはっきり感じるのは何年ぶりだろう。



多少なりとも好意を抱いていた男の忠告を無視して、俺のもとへ来たのか。
もう会わないと、俺を信じると、その口で言ったのか。

「なまえ」

初めて呼んだ彼女の名は、高揚で震えていた。



「……お前は可愛いよ」

いつか図々しいと鼻で笑った言葉が、何の抵抗もなくするりと口から零れ落ちた。
望んだ答えを得られなかった彼女が混乱を極めた顔で俺を見つめる。それがやがて、何かを悟った様な絶望に変わるさまに、腹の底からぐつぐつと昏い興奮が込み上げる。

ああ、本当に。
哀れで、愚かで、なんて可愛い。


(もう我慢出来ない)

(――……俺のものに、したい)



背後でざわめく無数の友が、囃し立てるように嗤う中。
恐怖に見開かれたその瞳はやっと、俺だけを映して濡れていた。




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