□SS/過去拍手
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(東郷総司)
※『悋気の刻印』(R18なのでリンクは割愛)の後日談のようなものです。
※閲覧者の方からアイデア拝借しました。ご容赦ください。





からん。ころん。

――硬い廊下へ高らかに打ち鳴らされるその音が聞こえる度、私の心臓は一瞬ぎゅうと縮んでから早鐘を打ち始める。
薄暗く人気のない校舎に響く彼特有の硬質な足音。全身の血が逆流し、脚から力が抜けていく感覚に襲われたけれど、すんでのところで踏みとどまった。

いつもならばこうして、彼の足音が遠ざかるのを震えながら待っていればいい。けれど今日はこんなところでへたり込んでいる猶予はない。
恐らく彼は、私のもとへ向かっている。

まだ痛む腕の怪我をそっと覆って、私はふらふらと歩を進めた。
……きっと彼は見ていたのだ。私がこの傷を受けた場面を。

(逃げ……逃げなきゃ。じゃないと私、また……)

私を見下ろしていた血走る目を、容赦なく踏みつけられた痛みをまざまざと思い出して、全身にぶわりと嫌な汗がにじむ。
刑務官から逃れようとする死刑囚はこんな気持ちなのだろうか。水の中にいるようにうまく動かない身体を無理矢理動かしながら、私は少しでも彼から遠ざかろうと走り出した。
一度恐怖を叩き込まれ委縮する身体で逃げられる距離なんて、たかが知れているのに。

(やめて、来ないで、いやっ)

からん。ころん。

遅々としか進めない私に悠々と近づいてくる二本歯の下駄。
あの足音はもう、私の知る彼のものじゃない。

「はっ、はぁっ、はぁっ……あっ!」

吐き出す息が荒くなる。がくがく震える足がもつれて転んだ。
――そして、私のすぐそばで、からんと乾いた音がした。

「先輩」

「ひっ……」

みじめに床で縮こまる私を、心にもない呼び名で彼が呼ぶ。
そっと差し伸べられた手は私の意志など構わず腕を掴み引き上げた。丁度痛むその位置を、狙いすましたかのように。



「なぁ、みょうじ先輩。……この傷、どうした?」




全身に残るあの日の傷が、引き裂かれた最奥が、じくじくと疼きだした。



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