□SS/過去拍手
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「せっかくのおめでたい日だし、ちょうどお互いオフでしょ。今日一日は何でも言うこと聞いたげるよ」





――そう口走ってから数時間。
テレビから流れるバラエティ番組に時折ばかでかい笑い声をあげながら、虎丸は私の胸を執拗に触り続けていた。


「うはは、こいつらアホなことばっかりしとるのう」

「そうね……私たちには言われたくないんじゃないかな……」


ソファに座った虎丸の膝に抱えられ、背後から伸びるあやしい腕を素直に受け入れながら私は呟く。

端から見ればわりと滑稽な姿だと思いますけど、と言っても虎丸はもうテレビに夢中で聞いていない。むっとした私は、ずっと後頭部に当たっている彼の胸筋にこつこつと頭突きをかました。私の首に15のダメージ。

(くそう、本来ならやわらかいクッションの感触があるはずなのに……)

めげずに頭突きを繰り返してみたが、その硬度は当然ながら一切和らぐ気配を見せない。
不快とまではいかなくても心地よさは段違いだ。少し汗臭い気もするし。


「……虎丸、硬くて痛いんだけど」

「そうかそうか、そりゃかわいそうになあ。俺はこんなに柔らかくて気持ちいいのになあ」


朗らかに間延びした口調で紡がれる、軽口とも本心とも取れそうな言葉。
ちょっとした胸のささくれをそっと覆われてしまった気がして、私はむむむとうめきながらも抵抗を諦めた。


「しかし女は何だってこう、どこもかしこもやわこいんだろうな。
触ってくれって言ってるようなもんだろ」

「ただの性差ですー」

「む。つまらんこと言うなよ。
そこはクネッとシナでも作って『龍次のためなのぉ』って言うところじゃろうが」

「おっぱいは男の人のためじゃなくて赤ちゃんのための器官だって昔の人も言ってますー」

「……ふうん。んじゃ、いつか赤ん坊ができるまではたっぷりおこぼれに預からせてもらうかのう」


虎丸は甘えるように、無精髭でざらざらの顎を私のつむじに擦り付けた。しかし手は一向に休もうとしない。疲れないんだろうかまったく。

大きな手でふにふにと揉みほぐしたり、下からふるふる揺らしてみたり。不思議といやらしさを感じないどこか無邪気な動きは、犬のおなかをつつく子供みたいだ。

きっと私の後ろには、楽しげにきらめくまあるい目があるのだろう。


「もしかして一日中そうしてるつもりなの?」

「いや?色々考えとるぞ。
朝飯はもう食ったから、昼飯と夕飯と夜食と三時のおやつに大量のうまいもん作ってもらって」

「相変わらずどういうお腹してるのかしらこの大食漢」

「男は死ぬまで成長期だからな。
その後はそうじゃな……一緒に風呂入って布団入って、散々いちゃいちゃしてから寝る」

「言うのが若干恥ずかしいけど、それじゃあんまり普段と変わらないじゃない」

「俺の願いなんてそれ以外にあるかよ」

「……調子いいの」

「おっ、顔が赤くなっとるぞ。どうしたのかなー」

「うるさい離せー。離してー」


腕の中でしばしのおしくらまんじゅうを繰り広げるも、拘束は強まるばかりだ。
そもそも怪力自慢の虎丸に実力行使しようというのが間違っている。ここは正攻法でいこう。
私は抵抗をやめて力を抜き、少し上にある虎丸の顔を見上げて言った。




「……龍次のために、ごはん作ってくるから。離して?」

「…………」

「……ね、龍次?」



「――――おし、順番変える。先にお前じゃ」

「えっ?
……あっ、ちょ、とらっ、なにすっ……ぎゃあああ!」



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