□SS/過去拍手
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文武両道質実剛健容姿端麗と四文字熟語には事欠かないくせに、人望も厚く仲間思いで嫌味も感じさせない。
天はこの男にいったい何物を与えれば気が済むのだろう。私はきっと、彼自身が神や人外の類いだと言われてもさほど驚かない。

全国各地で剣術や拳法の修行に明け暮れていたとか、いや超のつく進学校に通っていたんだとか、眉唾とも言い切れない噂はある。
しかし真実はすべて、あのすべてを煙に巻く微笑みの裏で謎に包まれているのだ。






「――桃ってさ、誕生日あるの?」

今日も今日とて桜の根本で居眠りしていた彼は、私がとなりに座ると閉じられていた瞼を薄く開けた。
やがて嘆息するように笑った彼は、もう一度惰眠を貪る姿勢を取った。


「いつなのかと聞かれるならわかるが、あるのかないのかを問われたのは初めてだな」

「あなたならどこからか自然発生的に存在してもおかしくはないかと思って。
それこそ桃の中からとか、男塾の桜の木の股から生まれたって言われても納得する」

「断言しておくが、俺も一応女の胎から生まれているからな」

「えぇ……すごい……」

「どうしてそこに驚かれなければならないんだ」


少々憮然とした表情が声に乗る。
ごめんね、と謝ると、ゆらりと持ち上がった彼の指先に軽く小突かれた。


「……誕生日を祝ってくれるなら、俺を人とも思わないような発言は許してやらんでもない」

「い、いつですかそれは」

「今日だ」

「今日!?
……もう桃ってば、またそうやってからかうんだから」

「本当だ。十月八日の天秤座、体育の日の二日前」

「………………」


私は彼の様子を窺うように覗き込んだ。
彼からはどうにも、ふざけているような気配は感じない。からかうならばもう少しわかりやすく含みを持たせた表情を作ってくれるのが常なのだ。
けれど彼はいつもどおり、こちらから疑いを根こそぎ削り取る涼やかさで笑んでいる。
ということは、これは、真実なのだろう。

しかしそれにしたってタイミングが良すぎやしないだろうか、と私はいぶかしむ。
もしやこれは彼に心理を操られた結果なのだろうか。マインドコントロールとかサブリミナル的な何かを私に植え付けて誕生日の話題を引き出し――――まあいいや。


「――おめでとう、桃」

「どうも」

「何か欲しいものある?出来る限りのことはするよ」


その問いかけに桃が口を開く。
けれど、しばし考え込んだ後彼は思い直したようにすっと閉ざした。


「いや、やめておく」

「言いかけといてやめられると気になるんですけど」

「欲しいものは自分で手に入れないと気が済まないタチでな」

「実力者の発言ねえ。
たまには甘えたっていいのに、こんな日なんだから」

「……いざ言われたら困るだろうぜ、お前は」

「そんなの言われないとわからないよ」

「わかるさ。今は時期じゃあないってな」


さらりと身かわすような調子で核心を突かせてはくれない桃は、釈然としていない私を見つめたまま幾度か瞬いた。
ゆらゆらたゆたう眠たげな瞳が細められる。相変わらず底の見えない瞳には私が映っていて、不意に閉じ込められているような錯覚を覚えてしまう。

――次の瞬間、投げ出した私の足にごろりと桃の頭が乗っかった。


「え?…………も、桃?」

「だが、まあ、今日のところは。……ほんの少しだけ、お言葉に甘えるとするか」


目出度い日だと思ってくれるなら、許せ。

そう言われたら何も言い返せない。
今さらになって彼の欲しいものとやらが気になってくるのはどうしてだろう。
騒ぎ始めた心臓に動揺しながらも、私は鉢巻にかかる前髪を払ってもう一度「おめでとう」と呟いた。








「――ところで、いくつになったの?」

「百から先は忘れたな」

「もう!」



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