□SS/過去拍手
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(剣桃太郎)



焦がれるように鳴く蝉の声に混じり、ぱしゃ、と軽やかな水音が空気に散った。

黄昏時の橙を映す水飛沫。浴衣の裾を割るすらりとした脚はどうにも眩しすぎて、その先にある濡れた爪先を目で追った。

朝顔の蔓が絡まる縁側で、水を張った盥と戯れる彼女の両足は無邪気であり、同時に仄かな艶を帯びている。

可憐な少女から女に移り変わる時のような、柔らかで危うい色気を無防備に溢れさせている。

「――桃も足、つける?」

「いや、いい。見ているだけで充分だ」

「気持ちいいのに」

よく冷えた井戸水の中でゆらめく素足。
伝う雫はどこまでも透明で、光を内包したまま彼女の肌を滑って、落ちて、溶ける。

「暑いねえ」

「ああ、暑いな」

「なんか桃が言うと真実味ないなあ。涼しい顔しちゃって」

「痩せ我慢してるだけなんだぜ、これでも」

「ふふ。どうかなあ」



本当なんだがな、と苦い笑いが溢れる。
少なくとも、胸元に滑り込む一筋の汗に目を奪われる程度には自分の血は沸いている。



「はあ……暑いねえ」

「……熱いな」



――内側から灼き切れてしまいそうだ。

蝉はいまだ叫び続けている。
頭蓋に反響するその音はいつしか、彼女と己に対する警鐘のようにも聞こえていた。



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