□SS/過去拍手
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(蝙翔鬼)



小さな口を懸命に拡げ、向かいに座る女は甘ったるそうなクリームが詰まった洋菓子にがぶりと噛みついた。
嬉々とした、いや、恍惚と表現してもいいかもしれない。そんな表情で咀嚼する傍ら、少々行儀悪く断面からはみ出たクリームを舌ですくい取り、ちゅっと吸って口を離した。

薄桃の唇に付着した白を、ひときわ目を引く赤い舌が舐め取る。艶やかに濡れた口元が満足げに弧を描き、甘く匂う息を吐いた。



「…………へ、蝙翔鬼先輩も、こっち食べます?」

じぃっと凝視しているのにようやく気付いたか、みょうじはびくびくしながらこちらにお伺いを立ててきた。
いらんと短く答えてから、ついでに自分の皿もずいと相手の目の前に突き出す。こいつが買ってきたものなので名称はよくわからない。表面を覆い尽くすチョコレートやたっぷり挟み込まれたクリームで、甘いのだろうということはかろうじて察せるが。

「それも食え」

「え、でもこれ、先輩の分ですよ」

「いい。お前が食っているのを見ていたら食欲が失せた」

「ど、どういう意味ですか!」

違うものをもよおしてしまったのだと言うわけにもいかない。食と性は両立し得ないと言うが、なるほど確かにその通りだ。
一つ目を胃に収め切り、二つ目に取り掛かったみょうじにできるだけ劣情を抑えて問う。

「……美味いか?」

「おいしいですよ。でも返してあげませんから」

拗ねて尖らせたその唇はどんな味がするのだろうか。きっとこの場にあるどの菓子よりも甘いに違いない。

食らいつきたくなるのをこらえて、俺はしばらくこの淫靡な食事風景を目に焼き付けることにした。


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