□SS/過去拍手
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(伊達臣人)

……伊達の誕生日を祝う、というのが目的だったはずなのに。

酒瓶や軽食、つまみ、そして泥酔した塾生たちが散乱している一室を一瞥して、私は大きくため息をついた。

途中から――というか、最初からただの宴会だったような気がする。アルコールを盛大に流し込み、どんちゃん騒ぎを繰り広げ、一部で余興という名の裸踊りを始めるというよくある流れ。

誕生日要素のピークは「では一号生田沢慎一郎、僭越ながら乾杯の音頭を取らせて頂きます! 伊達臣人君の誕生日を祝し、乾杯!」という場面だったのではないだろうか。

主役であるにも関わらず部屋の隅を陣取った伊達が、次々と酌に来る塾生たちを至極面倒そうにいなしていたのを思い出して私は笑いを噛み殺した。

そっと伊達のいた辺りに視線を向ける。壁を背にして目を閉じている彼は、眠っているようにもただじっとしているだけのようにも見えた。
酒瓶を拾いつつ、そばまで近づいて顔を覗き込む。相変わらず精悍なつくりだが、目尻は酒のせいかうっすら赤く染まっていた。

「……おめでとう、伊達」

忙しく動き回っていた宴会中には言えなかった言葉を呟く。肩からずり落ちそうになっている制服を直してから立ちあがろうとして――出来なかった。

強い力で掴まれた手首をぐいと引かれる。そのまま飛びこむような形で、私は彼の厚い胸板に身を預けてしまっていた。

「……だ、伊達? 起きてたの?」

「この程度で潰れねえよ」

「そう……あの、えっと、離してくれない?」

「何故」

「何故って、片付けしないと。一応塾長に許可は取ったけど、こんな有様を教官殿に見られたらさすがにおかんむりだろうし……」

「ふん……つれねえな。鬱陶しいくらい構ってくるあいつらと違ってよ」

くい、と顎で指し示す先に高鼾をかく塾生たち。また思い返される光景に、つい口元がゆるんだ。

「みんな伊達が好きなんだよ」

「みんな……ねえ」

ぎち、と骨がきしむほど強く抱き寄せられて息が詰まった。
酒の匂いはあまりしない。だが、その肌は少し目を見張ってしまうほど熱かった。

「……お前、いつだったか俺に聞いただろ。食いたいもんや欲しいもんはねえかって」

「……別に無い、って言ったじゃない」

「一つあったぜ。……なあ、聞きたいか」

熱を帯びた伊達の声が、耳を甘くくすぐる。
胸をふるりと震わせたのは怖れだったのか、それとも期待だったのか、自分にもよくわからない。
……ただ、彼の言葉の続きを聞きたいと思う自分がいることが少し口惜しかった。



「……何をご所望なの」

「お前」

「返品は受け付けないけど」

「食らい尽くされる心配の方が先じゃねえか」



どうやら片付けは明日に回すしかないらしい。体力が残っていればの話だけれど。

伊達の腕に抱きあげられながら、私は宴の最後の仕上げをするため、喧騒の部屋を後にした。



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