□躾
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「何処の何方かは存じ上げませんが、ここを通すわけには参りませんな」

暗がりの中で、愉悦を含んだ声が聞こえた。

しまった、と舌うちした時にはもう遅かった。
後ろで鈍い金属音が響く。ゆっくり振り返れば、なまえの進んできた道であり退路は既にそこには無かった。

冷たく光る鉄格子は、なまえの目の前で重厚に佇んでいた。

「これは……」

「おっと、そこには手を触れない方がいい」

その声と同時に、頬をかすめるような至近距離で飛んできた何かをなまえは咄嗟に避ける。
鉄格子にあたったそれ――ネズミの死骸に見えた――は一瞬発光した後、肉の焼ける嫌なにおいとともに黒く焦げて地面に落ちた。

「なっ……!」

「その柵と、ついでに両端の壁には高圧電流が流れています。
触った途端に、あなたもそのネズミと同じ末路をたどるのですよ」

丁寧な口調で紡がれる残忍な内容。
その落差に思わず、なまえの額に氷のような汗が滲んだ。

震える足を叱咤して一歩前へ進んだなまえは、薄闇の向こうへ目を凝らした。
慣れてきた瞳にはようやっと、先ほどから慇懃無礼に響く声の主がぼんやり映し出された。

壁に身体を預け、シルクハットと皮のベストを素肌に纏った、カイゼル髭を撫でまわしている奇妙な男。
肩にかけているのは鞭だろうか。

にやにやと不愉快な笑みを浮かべ、こちらを見つめているその男は男塾においてもひときわ目を引く風体をしていた。
こちらへ深く一礼をして、その男は再び口を開いた。

「お初にお目にかかります。私の名は男爵ディーノ。
この鎮守直廊、紫電房の番人でございます」

「……ご丁寧にどうも」

「前二つの房の番人共は、誠に失礼ながら出払っておりまして……本日は私一人でお相手させていだたきます、どうかご容赦を」

床一面の針山と怪しい槽の設置された二つの部屋を思い返して納得する。
なるほど、本来ならばあそこも容易に突破させてくれる部屋ではなかったということか。

「あなたはここの塾生ではありませんな?
わが男塾には敵が多くおりますゆえ、どちらかからいらした刺客なのでしょうが……おや」

彼は私の顔をまじまじと見つめると、意外そうに眉を吊り上げた。

「よく見れば女性ではありませんか。なおのこといけない、男塾は女人禁制。
かよわいレディがひとりで来るようなところではございませんよ」

「かよわい、ですって」

なまえはそっと自身の太腿に手をやった。剥き出しの太腿にはめられたホルダー、そこに収まっている馴染みの感触を確かめ一気に引き抜く。

「……それはどうかしら!」

空気を切り裂き飛ぶ数本のナイフが、ディーノの上着を壁に縫い付けた。
地面を思い切り蹴って一気に距離を詰める。

目に見えないほど細かく返しの付いた投げナイフは、たとえ成人男性の力だろうと容易に抜けはしない。
なまえは腰に携えた短剣を構えた。届く、そう思った。

「っ、きゃあ!?」

奴の首が眼前に迫ったその瞬間、急になまえは体のバランスを崩し地面に倒れ伏した。
痛みと衝撃で一瞬思考回路がフリーズする。
……いま何が起こった?

顔を上げると、眼前にあったはずの敵の首ははるか遠くに位置していた。
先ほどと寸分変わらぬ状態のままで。

「言い忘れておりました」

彼の手が優雅に宙を舞う。その先にごちゃごちゃとした計器類が並んでいるのに、なまえはようやっと気付いた。

「ベルトコンベアーというものをご存知ですか?
ここ紫電房の床はまさにそれと同じく、後ろに向かって滑るように移動させることができる」

「……っ!!」

なまえがバネのように起き上がるのと、ディーノが再びスイッチをオンにするのはほぼ同時だった。
ぐん、と身体にかかる負荷。高圧電流の柵が背後に迫るなまえは悲鳴を飲み込みながら足を必死で前に出した。

踏み出した瞬間左足首の痛みに顔がゆがむ。
どうやら転んだ時にひねったらしい。しかし止まってしまえば、数秒後には悪臭を放つ黒焦げの肉塊だ。

「ほお……これはこれは、なかなかの俊足だ。脚力にはご自信がおありかな?」

ディーノの瞳がなまえの素足に向けられる。
舐めあげるようなねっとりとしたその視線に吐き気がした。

「……失礼、不躾な視線を向けてしまいましたかな。
こんなところにいると、なかなか女性とお近づきになる機会が無いものでつい……」

そうは言いつつも目を逸らそうとはせず、ディーノは満足げに己の顎を撫でた。

「いや、しかし、本当に美しい」

嘲笑の色濃い瞳に、ほんのりと熱がともる。
昏く淀んだ熱情のまま、ディーノの手が肩に巻かれた獲物を探った。

「…………その白い肌にはさぞかし、紅い跡が映えるのでしょうなぁ」

――高く響いた破裂音の意味を、なまえは一瞬理解できなかった。
太腿に走った焼けるような激痛とくっきり浮かぶ紅い線。
そして、肩に巻きつけていたそれが彼の手から床に垂れさがっているのを見てやっと、自分の足に鞭が振り下ろされたことを知った。

「あ、ぐぅっ……!」

「ああ、思った通りだ……とてもお似合いですよ」

「や、め……っあああ!」

二度、三度と、肌に食い込む革鞭。
もはや悲鳴も上げられないほどの苦痛に加え徐々に上がって行くスピードのせいで、ほんの数分のうちになまえの体力は尽きかけていた。

十数度目かの殴打が痛めた左足首に直撃した時、ついになまえがその場に崩れ落ちる。
背後に迫る最大の衝撃を前に、なまえは絶望で満ちたその瞳を強く瞑った。
もうそれしかできることはなかった。

……しかしなまえの身体は、柵の直前でぴたりと停止した。

「はっ、はぁっ、はぁっ……!」

「――さて、レディ」

倒れ伏したなまえの耳朶に触れるほどの近くで声がした。
驚く間もなく、伸ばした腕へ螺旋状に鞭が巻きつく。

「ぐあぁっ!」

「君がどちらから差し向けられた刺客なのか、この私に教えていただけますかな?」

子どもをあやすような声とは裏腹の乱暴な所作で立ち上がらせる。
釣られた腕がぎしぎしときしんだ。

「素直に答えていただけるなら、これ以上の無体は働きませんが」

「……」

拒絶の意を込めて唾を吐く。
頬に飛んだそれを拭うと、ディーノは口の端を邪悪に歪めて嗤った。

「……調教が足りなかったようだな」

勢いよく真上に放り投げられた鞭の柄が天井の梁に巻きつく。
否が応にも爪先立ちの状態にされ、苦しさにもがけば余計に鞭が腕に食い込んだ。

「少々やり方を変えさせてもらおう……なぁに、もう痛いことはしない。
私は本来、こういう手段の方が好みでね」

――ぞっ、と背筋に怖気が走るのがわかった。

内腿を這いずる妖しい手。
柔く揉みしだきながら、ディーノはやがてなまえの決して日に晒さぬ部分に触れた。

分厚い舌が、まるで獲物を見つけた獣のようにべろりと舌舐めずりをする。
これから起こることを察したなまえの瞳から、すうっと光が消えた。

「フッフフ、怖がることはない。
そのうち君からねだるようになる……『何でも喋るからやめないでください』とね」

ディーノは心底愉しそうに笑うと、震えるなまえに優しく囁いた。





「じっくり楽しみましょう。かよわいレディ」







了.


エロスでサディスティックなディーノ先輩。
前ふたつの房が突破されたことにしたくなかったから外出してもらったらヒロインがとっても雑魚になった。




 

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