□あまくとろける
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「楽にしていてください。力を抜いて」

ぽん、と両肩に置かれた手は意外と大きかった。
椅子の背もたれに体重を預けながら振り向いて、ひとつ頷く。
肩越しの穏やかな笑顔はそれだけで、身体の緊張を和らげてくれるようだった。

薄い寝巻を隔てて触れるその手が肩を左右に撫でつける。
強めにさすられているだけなのにあたたかで心地よく、風呂上がりのなまえの瞼は自然と重くなってゆく。

……しかしぐっと力がこもった途端、予想以上の痛みが走る肩に息を詰まらせた。
悶絶するなまえを眺めながら、飛燕は困ったように眉を寄せた。

「うん、かなり凝っていますね、これは」

「うぐ……っ」

「力を緩めます。このくらいならどうですか」

「はぅ、いた、痛い……」

「重症だ」

苦笑い混じりの声で言いながらも、飛燕の手はまた少し力を抑えたようだった。
まだ痛いことは痛いけれど、気持ち良さが若干上回る絶妙なその加減になまえは詰まっていた息をようやく吐いた。

「……ごめんね飛燕、うるさくて」

「いいえ。あなたは呻き声も可愛らしいですよ」

「な、なにそれ」

ぐ、ぐ、ぐ。
凝り固まったなまえの首から肩、二の腕にかけて、飛燕のてのひらがほぐしてゆく。
凝りの酷い場所をぐりぐりと親指で指圧されれば甘美な痛みに鳥肌が立った。

男性よりも繊細で、女性よりも力強いその指先。
そこから紡がれる痺れにも似た快感に、なまえはいつしかくったりと身を任せていた。

「……ん、そこ、すごい気持ちいい」

「ここですか?」

「うん、そこ……あぅ。力が抜ける……」

「ふふ。ほらなまえ、だいぶ柔らかくなってきましたよ。ちゃんと指が沈むでしょう」

「あ……ほんとだ。すごい」

がちがちに強張っていた肩に柔軟性が戻りつつある。
さすが鳥人拳を極めた飛燕というべきか、人体のツボは心得ているようだった。
確かに血が通っているのを実感するようなあたたかさに、なまえはほうと溜め息をつく。

「やはり姿勢が良くないのかもしれません。
女性ですし胸部の重みから来ている可能性もありますが……なんにせよ、少し気を付けられた方がいいでしょうね」

「んー……あー……」

「……心ここにあらずですか」

飛燕は肩をすくめると、ほぼ意識を飛ばした状態のなまえをそっと抱えた。
傍らの寝台へうつぶせに寝かせてから、身体の両脇へ膝をつく。

「飛燕……?」

「背中と腰も少しほぐしておきます。この分だとこちらも酷いはずですから」

「あ、ありがとう……あの、でも」

「はい?」

「千本は刺さないでね」

「……無明透殺用のもので試してみます?鍼治療」

「ひえっ」

「冗談ですよ」

母指球の部分を使って肩甲骨をぐいっと押されればくぐもった呻きが口から漏れた。
なまえは両腕で枕を抱え、鈍い痛みとびりびり響くむずがゆい心地よさに耐えていた。

飛燕のてのひらは背骨を挟む形で、適度な圧を掛けながら徐々に下方に向かう。
腰骨あたりにしなやかな指先が到達すれば期待にぴくりと身体が震えた。

「あ……は、ぅ……」

「ここも随分と固い……血行が悪くなってしまいますよ」

「んぅ、そこ、きく……っ」

自然と切なく寄る眉。は、は、と浅い息が出てしまうのが恥ずかしいけれどどうしようもない。
はうはう悶えていると、ふと口元に柔らかくハンカチが当てられた。

「よだれ」

「…………!!」

「ふふ……。可愛い」

甘い吐息が真っ赤に染まった耳に触れ、鼓膜を震わせた。

「気にせずともよろしいのですよ。あなたはただこの快楽を享受していればいい」

「な、なんかえっちな言い方やめてよ……あ、う、はぁっ……」

「……そんな声を出している人の台詞とは思えませんね」

「っ、そこ、すごい……あ、ううっ」

ごりゅ、と強めに揉み上げられて背がびくんっと跳ねてしまう。
悦楽に潤んだ目からぼろぼろと生理的な涙があふれた。

「まったく。愛しいあなたのあられもない姿を見続けながらひたすら処置を続けなければならないわたしの気持ちも考えてほしいものです」

「だって、飛燕の指、きもちいい……から、ぁっ」

「ああ……もしかしてわたしを誘っているのですか?ならば喜んでお相手させていただきますが」

「ちが、そんなつもり……」

「……そうだ、と言ってくれないか」

聞き慣れた柔和な声が聞こえない。
そんな低くて、熱っぽくて、かすれた男の人のような声は知らない。

首筋に触れたのは指先でもてのひらでもなかった。
柔らかく触れた次には、なまあたたかく湿ったものがぬるりとまとわりつく。

「もっと気持ちのいいこと、教えてさしあげますから」

「ひ、飛燕……んんっ」

「ふたりで気持ち良くなりましょう……?」

「――っ!? だ、め、どこ触って……あ、あっ、ひぁっ」

気がつけばその指先は、もうマッサージのためなどに動いてはいなかった。
眠りを誘うような心地よさではなく、より鮮烈な刺激を与えようとしている。
もっと内側から、この身体をとろとろに溶かしてしまおうとしている。

「飛燕、ひえん……だめ、……きもち、い……っ」

「……わたしも悦くしてほしい、なまえ」

ぐるりと上を向かされて、まともに目を合わせてしまった。
熱を宿し艶めく美しい瞳に、その瞳に映る自分の表情に、ぞくぞくした。



――ああ、この人に、この指に、逆らうことなどできはしないのだ。



「………………いいよ。きて、飛燕……」



力の抜けたなまえに圧し掛かる飛燕の身体は、思っていたよりもずっと熱くて逞しかった。







了.


R15の大人で強引な飛燕とのことでしたが、大人要素がいまいちでしょうか。
何年も前にリクエストいただいているのにいつまでも書けず申し訳ありませんでした。本当に申し訳ありませんでした。
 

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