□繋がれケーブル
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「…………」

「…………」

「…………や、やだな嶺厳。
他人の部屋にノックもせず入るなんてマナー違反ですよ」

「塾内にこっそりテレビとゲームとコンソメポテトを持ち込むのは規則違反じゃないのか?」

「そのことについては只今から弁明が始まるので、とりあえず落ち着いて座ってちょうだい」





繋がれケーブル






なまえは自室のドアを急くように閉めると、内鍵をしっかりかけた。指差し確認、よし。

いやな汗が額に浮かぶのを感じつつ、なまえはぎしぎしと首を回して振り返る。

小型のブラウン管テレビ、そこに映るゲームのポーズ画面を、想定外の訪問者である宗嶺厳は至極つまらなそうな様子で眺めていた。
自分の部屋に来る者などいまい、と思って油断していた。怠惰にして優雅、かつ背徳の休日を他人に目撃されてしまうなんて!

「……ポテチ食べる?」

「共犯にする気だろう」

「ぐ」

しまった、完全に読まれている。
取り繕ったはずの笑顔は強張って、頬がひくひくとひきつった。先程は弁明などと言ったが、そんなもの用意してあるはずがない。

視線を宙空に泳がせながら、どう切り抜けようかどう取り繕うか、それとも誤魔化そうか泣き落そうかなどと思案にふけっていると呆れたような瞳と目があった。

「……お前な、保身に走ろうとする前に、俺がなぜここに来たか聞くべきじゃないのか?」

「それ聞いたら、教官殿にも他の皆にもこのこと黙っててくれる?」

「別に最初から言うつもりは――」

「前にも三回くらいゲーム機持ち込んだのバレて、竹刀でこっぱたかれた上次の日ご飯抜かれてるの」

「懲りろよ」

ごもっともです、力無くなまえが呟けば、嶺厳はより眉間の皺を深くして溜息をついた。
さぞ情けない奴と思われているんだろう。なまえは嶺厳の心中を勝手に想像して悲しくなった。

「情けないと思っていないこともないが、どちらかと言うと注意力の無さに呆れている。
音が部屋の外まで漏れてる事に何故気付かないのか、とかな」

「え? ………あ」

あああ、とそこでやっとなまえは合点が行った。同時に、イヤホンを外したはずの耳に未だ聞こえる音声の正体にも。

力無く床に投げ出されたままのイヤホンコード、その先は、テレビの端子からすっぽり抜けてしまっていた。

これが原因か!慌てて挿し直すなまえの姿に、嶺厳はもう一度溜息をついた。

「それほど懲罰が怖いなら、大人しく規則を守っていればいいだろうが」

「そ、それはそうなんだけど。でもこんな禁欲的な生活してると、つい自制心が揺らぐ瞬間ってあるじゃない。
つい実家の方からゲーム機を持ち込んじゃったり、とか」

「独り画面に向かって指を動かすのがそんなに楽しいか?」

「辛口だなぁ」

しかしきつい物言いをするわりに、わざわざ規則違反の音漏れを教えに来てくれる辺り意外と面倒見はいいのかもしれない。

遅まきながら嶺厳をいい人認定しつつ、彼の発言を踏まえて浮かんだアイデアになまえはぽんと手を打った。

「じゃあ、二人で画面に向かえばいいのね」

「は?」

「隙あり」

ぽかん。と開いた嶺厳の口に、なまえは袋から抜き取った小さなポテトチップスのかけらを放り込んだ。反射的に噛み砕いてしまって、嶺厳が憮然とした表情をなまえに向ける。

いたずらが成功した子供のように頬を染めて笑いながら、彼女は言葉を継いだ。

「はい、共犯」

「……わざわざ注意しにきてやった恩人にそういうことをするか」

「ごめん」

口でそう言いつつも、いそいそと寝具の下から取り出したもう一つのコントローラーの用意は怠らない。

こんなこともあろうかと、とは今の私の為にある言葉ではないだろうか。とわけのわからない優越感に浸りながらなまえは心の中でガッツポーズをしてみた。

「ほら。共犯ついでに、一緒に遊ぼう」

「さっきまであんなに怯えていたくせに、なんだその変わり身の早さは」

「開き直れば何も怖い物なんか無いよ。
はい、片方イヤホン貸したげる」

「いい、いらん。というかやらん」

「えぇ、でも有ると無しじゃ気分が大違いなんだよ? ほら」

一人分離れた距離からもう一歩近付いて、なまえは嶺厳の肩に左手を置く。開いた右手で有無を言わさず、しかしそうっと耳内にイヤホンを押し込んだ。

む、とした表情をしつつも嶺厳はそれ以上拒むことはしなかった。おそらく抵抗する気も失せたのだろう、なすがままだ。
細い指先が柔らかな耳朶に触れ、身体が一瞬だけ密着した。

「……嶺厳の耳っていい形だね」

「耳を褒められたのは初めてだ」

大して嬉しくもなさそうに、嶺厳が肩をすくませた。

イヤホン越しに流れてくるのは8ビットのBGM。派手な色遣いの画面を見つめながら、なまえは手慣れたコントローラー捌きで設定を進めていく。かち、かち、傍から見れば静まった部屋にかすかな打音が響く。

隣の彼は退屈じゃないかしら、などと横目で嶺厳を見やれば、先程と違って案外素直なまなざしがテレビを見つめていた。
少し、びっくりした。



「……誰かと」

「へ?」

「誰かとこういうことをするのも、初めてだ」

誰に言うともなしに、小さく、嶺厳がそう呟いた。
思わず伺ってしまった表情から感情は読み取れない。端整な横顔はいつもどおり淡々と遠くを見ていて、余計に煽られた焦燥がなまえの指先を止めた。

きっと本人にとっては、大した意味を持つ言葉でも無いのだろう。けれどなまえはそこに、掴みどころのないぼんやりとした距離感を感じ取っていた。

同じ塾生として接しているとつい忘れてしまうけれど、そういえば彼は年若くして多数の部下を従えている将なのだ。おまけに、世界で三人しか継承していないという技を体得しているとも聞いている。

もしかしたら彼の日常には、友人を作る暇も、娯楽に興じる暇も存在していなかったのかもしれない。
それを突き付けられたような気がして、胸がちくりと痛んだ。



「……じゃあさ、嶺厳」

「ん?」

「私が時々、嶺厳に、不健全な遊びを教えてあげるよ」

ぐるぐると頭を悩ませた挙句、何か返さなければと口をついた台詞がそれなのかと、自分で自分に少しがっかりする。

嶺厳もさぞまた呆れているだろう。顔を俯けたまま、そっと窺うように横目で見つめた嶺厳の顔は、しかし思ったほど不機嫌そうではなかった。

その唇には、目視できるか微妙なほどかすかな笑みが、滲んでいた。



「……共犯を増やして楽しいか?」



楽しいよと肯定するべきか、共犯ではなく友人だと訂正するべきか。

今度はそんなことで悩みながらも、なまえはつられて唇をほころばせていた。



了.









タイトルを考えるのは苦手です。


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