□どうしてこうなった
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好きです、とうっかり口走ったその瞬間に後悔をした。

彼の眉間に常時深く刻まれている皺がさらに深さを増すだけだ、そう思っていたし実際その通りだった。蝙翔鬼先輩はデスクに肘をついたまま、すりすりと懐いてくる蝙蝠たちと戯れる手を止めて、嫌味なまでにゆっくりとこちらへ視線を向けた。その表情は、想定していた通りの渋面だった。

だが言ってしまったものはもう取り戻せない。言葉と言うのは往々にして、御しがたく不便なものである。

……だがさらに言えば、そもそもの発端は蝙翔鬼先輩にあると思うのだ。「俺を好いてくれるのは蝙蝠たちだけだ」などと自虐的な台詞を自虐的な笑いで言われて「はいそうですね」なんて返せる奴がいるだろうか。それも先輩に向かって。

だからと言って「そんなことありませんよ」で済ませればいいところを告白にまで発展させてしまった私も大概うっかり者なのだが。

「……好き?」

「え、ああ、はあ、なんというかその」

「…………」

あはは、と誤魔化すように笑ったら逆効果だった。困った時には笑っておけば何とかなる、という私の持論は天稟掌波でも喰らったかのように細切れにされ、眉間の皺は依然深さを増すばかりだ。

蝙翔鬼先輩はしかめっ面のまま、短く息をついた。怒ったのでも呆れたのでもない、それは不貞腐れているようにも聞こえる嘆息だった。

「……お前の『好き』は随分と軽々しいんだな」

どうせ誰にでも言える言葉なんだろう、媚を売るならもっと上の人間にしろ、というその言葉もまた皮肉を隠そうとはしていなかった。……自分のささやかな恋心はどうやら気取られなかったようだ。ホッと胸をなでおろすとともに、軽々しいだの媚だのという発言にずきんと胸が痛むのもまた乙女心だと思う。

若干傷付いた私を知ってか知らずか、蝙翔鬼先輩はなおも鼻で笑いながら言い放った。

「そうやって擦り寄れば皆から可愛がってもらえるのか? 女は楽でいいな。偶にはサービスでもしてやれよ」

「…………」



――――この人の口が悪いのは、別に今に限ったことじゃない。溜息が出るくらいいつものことだ。
だけど、いくら何でも、その発言は酷いんじゃないか。

思わず固まった私に一瞥をくれて、先輩はまた蝙蝠たちに手を伸ばした。やっと主人に構ってもらえた彼らもしくは彼女らは、嬉々としてぱたぱたと先輩にまとわりつく。私相手では絶対に見せないであろう柔和な笑みを一瞬だけ、先輩はその唇に浮かべた。

――――悔しい、なんて、思ってしまうことが何よりも悔しい。

気付いた時には、先輩と私を隔てているデスクをばん、と両手で叩いていた。
その衝撃で、反射的に先輩がこちらを振り返った。先程までの嘲るような表情じゃない、困惑と驚きが綯い交ぜになった顔で、びくりと蝙翔鬼先輩が私を見上げる。その隙をついて、

「操をささげるなら先輩じゃなくちゃ嫌だ、って言う意味の『好き』だったんですけどね!」

捨て台詞、ひとつ。
そのまま私は踵を返し、荒々しく扉を開けて、先輩の部屋を出た。後のことなど知るものか。怒られるのも叩かれるのももはや日常茶飯事だ。どうってことはない。

そもそも性格がねじ曲がっているから人の発言も裏があるように聞こえてしまうのだ。それがよくない。
私だっていつも先輩にヘーコラしているわけじゃない、言ってやるべき時にはしっかり苦言を呈するのがあるべき後輩の姿だ。きっとそうに違いない。
ああ、私ときたら、何て先輩思いの後輩なのだろうか!



――――血の上った頭が冷えるのは、十分後。
自分がきっぱりと言い放った言葉を冷静に思い返すのは、それから三分後。
もう一度、今度は別の理由で頭に血が上ったのは、その直後だった。



* * * * *








「――すみません蝙翔鬼、少々いいですか? 今月の鎮守直廊の予算のことで少しご相談が………
……って、どうしたんですか君。顔が真っ赤ですよ。風邪でもお召しになりました?」

「………なあ、ディーノ」

「はい?」

「どうしよう。俺、こんな時どうすればいいのかわからない」

「とりあえず寝たらどうです」

「ああ言われたからっていきなりンなことできるわけないだろうが!そういうのは色々段階踏まないと駄目なんだよ!とりあえずって何だよ!この遊び人!スケコマシ!恥を知れ好色野郎!」

「………………はあ?」





どうしてこうなった
((ああもう本当にどうしよう!))



了.







ディーノ先輩とんだとばっちり。



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