□ティーン・エイジ
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磨りガラス越しの柔らかな陽光が、板張りの床にひだまりのプールを作る。ゆらゆらと揺らめく光の水面へ、まるで誘われるようになまえはその身を横たえた。

胎児のように両手足を丸めて、ようやっと収まるサイズのぬくもり。ぼんやりとした温度を伝えるそこからは、ふと春の匂いがした。

とろんと重くなる瞼に一切の抵抗もせず目を閉じて数分、なまえの薄く開いたくちびるは静かな寝息を立てはじめていた。





ティーン・エイジ






「……何をやってるんだ、お前は」

答えなど返ってくるはずがなかった。
すでに彼女のまどろみは本格的な睡眠と化しており、規則正しい胸の上下動以外は全く動きを見せなかった。

そんな彼女を呆れて見つめながら、宗嶺厳は持っていた文庫本で頭を押さえた。数日前、暇つぶしにと彼女から借りたものだ。
新刊だから早く返せ、と急かすからこうしてわざわざ部屋まで出向いてやったと言うのに、当の本人は床でぐっすりか。そうかそうか、いい御身分だな。

別に自室で寝ていようがいまいが彼女の勝手なのだが、嶺厳は少しばかり気分を害した。

「本返しに来たぞ。おい、みょうじ」

もう一度出向いてやる気にはならない。いくら気持ち良さそうに寝ていたとて知るものか。

嶺厳はつかつかと進み寄ると、無遠慮に彼女の肩をゆさぶった。
うぅん、とひとつくぐもった呻き。それでも彼女の眼は、依然として固く閉じられたままだった。

「……こんなところでよくも眠れるものだ」

本だけ置いて帰ってしまってもいいのだが、幸せそうに眠りこけている彼女に少しだけ嗜虐心が湧いた。いや、もしくはただの意地なのかもしれない。

おい、おい、と声をかけながら、もう少し強く揺さぶってみる。身体がぐらっと自発的に動いた。やっと起きたかと思えば、それはただの寝返りだった。

胎児のような恰好から仰向けに体制を変え
て、なおも彼女は起きる気配を見せなかった。

「………ぐぅ」

「しぶとい……」

眉を寄せて嶺厳が呟いた。
こうなったら鼻をつまんでやろう。それでも駄目なら口もふさげばいい。平然とした顔で非道な思案をしつつ、嶺厳は彼女の顔に手を伸ばした。顔にかかる前髪をはらって、――――ふと、嶺厳はその手を止めた。

『嶺厳は整った顔でうらやましい』なんて、先日彼女が言っていたことを思い出す。
まぁお前よりはな、とその時は答えたが、静かに眠るその相貌はそこそこ可愛げがある気がした。……気がした、程度のものだけれど。

「…………」

鼻をつまみかけた指先を、何となくそのまま頬に滑らせてみた。自分よりも柔らかく肉のついた頬。感触を確かめるように何度かつついてみる。
軽くつまんだら「ぷぇ」と間抜けな音が口から漏れたのでつい笑ってしまった。

「起きろよ、みょうじ。……みょうじ」

「うぅ……む……」

彼女の眉間にきゅ、と皺が寄る。が、目は開かない。
嶺厳の指は頬をひとしきり堪能した後、唇に移行した。そこは頬よりもいくらか柔らかで、薄い皮膚は少しだけ乾燥していた。ふと哀れに思えて、嶺厳はいたわるように数回、親指でくすぐるように撫でた。

「…………。おい、みょうじ」

顎を伝って、首筋を滑る。夏でも常にかっちりと着こんでいるはずの学ランは、自室だからか前が肌蹴られ、中着のシャツが見えていた。
普段見る機会の無いその素肌は、いつも隠されているためかひどく白く嶺厳の目を射した。

よく見たら、緩められたサラシまでみっともなく裾からはみ出している。そのまま寝ると苦しいから恐らく自分で解いたのだろう。
体勢のせいで若干崩れているものの、そこにある確かな両の膨らみを視認することは、何とも容易だった。





――――ごく、と喉が鳴ったのは、何故だったのだろうか。



鎖骨のくぼみに行き着いたてのひらが、恐ろしく緩慢に動く。
どくん、どくん。心臓の音がいやに耳についた。は、と吐いた呼気が熱い。

触れるか触れないか、そんな近さで――――震えるてのひらは、彼女の丸みを帯びた膨らみを、ゆるりと撫でた。



「………、っ!」

顔にかぁっと熱が集まる。同時に、勢いよくその場から立ちあがった。
鼓動がうるさい。うるさい。ぎゅう、と力づくで抑えたけれど一向に効果は無い。くそっ、と漏れた苛立ちは何に対するものなのかもわからなかった。

もう一秒もここに居るのが耐えられなくて、踵を返す。一度も振り返らずに部屋を出る。駆けだす。

(何をしたのだろう)

同輩に対して、友人に対して、いったい何をしたのだろう。

(……畜生)

――――こんな顔では、部屋に戻ることだって出来やしない!

頬の赤みが引いて鼓動が収まるまでどのくらいか考えながら、嶺厳は未だ熱の残る吐息を乱暴に吐いた。



* * * * *




――――それから数刻後。

「……うーあー、ふわぁああぁ。……うぁあー」

赤く染まりかけたその部屋に陽だまりのプールは既に無く、元の冷ややかさを取り戻した床でなまえはようやっと目を覚ました。
身体のあちこちが痛い。ぐぅっと伸びをしたら、骨の軋む音がそこかしこから聞こえた。
あだだ、と悲鳴をあげながらなまえは上体のみを起こす。

「いたた、なんだよ、結構眠ってたんだなあ。誰か起こしてくれればいいのに」

自分勝手すぎる呟きとともに、後ろ手をつく。その指先に何かが当たった。何の気なしに振り向けば、そこには見覚えのあるブックカバーに包まれた文庫本がぽつりと置いてあった。

「あ?
……ああ、これ嶺厳に貸してたやつだ。わざわざ返しに来るなんて珍しい」

床から掬いあげて、頁を捲る。彼は物を乱雑に扱わない方なので綺麗なままだ。うっかりミスで傷つけてしまうことが多いこちらとしては見習いたい。

本棚の適当な位置へ本を戻して、うん、と頷く。

「夕飯時になったら感想でも聞きに行こっと」

それまで散歩するかな、と戸に手をかけてから、なまえははたと気付く。

ほどいたサラシに、肩からずり落ちたシャツ。がばっと前の開いた学ラン。あまりにもだらしない自分の格好。
こんなんじゃ外に出られない、と慌てて衣服を正してから、さらにハッとした。

(……もしかして)

――――彼に、見られてしまっただろうか。こんなあられもない自分の姿を。

「うわぁ」

きゅ、と学ランの前をかき合わせる。じわじわと顔が熱くなっていくのがわかる。
いや、自分に対して妙なことを考える男などいないだろうということは重々承知だ。けれど、それでも、こんな自分にも羞恥心と言うものは存在するのだ。

特に彼に対しては、何故だか知らないが余計に。

「……感想聞くの、またにしよう」

少なくとも今日はやめよう。まともに目を見て話せる気がしない。
そう結論付けたなまえは、未だ熱の引かない両頬にてのひらを当てた。

その感触に、不思議とわずかな既視感を覚えながら。



了.







甘酸っぱいのが書きたい。


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