魁
□ほの甘い温度
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かさかさ、からから。
落ち葉が乾いた音を立て、風に舞いあげられる。
天動宮間近の男塾敷地内。
古ぼけた竹ぼうきでさくさく落ち葉の山を作りながら、私はぼんやりと灰色の空を見上げた。
空を覆い尽くす雲が日の光を弱めてしまったせいか、やけに肌寒い。
「……べくしゅっ」
可愛いげのないくしゃみひとつ。
鼻水をすすりながら、私は早く終わらせようと落ち葉をかき集める速度を早める。
──と、背後でからっとした笑いが聞こえた。
「風邪引くんじゃねえぞ、みょうじ」
「独眼鉄先輩!」
筋肉で張り詰めた身体に珍しく制服を引っかけた独眼鉄先輩は、片手をひょいと上げながら近づいてくる。
こんにちは、と頭を下げたらいつものようにぐしゃぐしゃかき回された。
ごつごつした手は固くて、傷だらけだ。
「ご苦労だな、こんな方までよ」
「夢中になっていたらつい……入らないようにはしていたんですが」
「まあ、悪さしねえなら多少は構わんだろ」
「鎮守の番人様がそんなこと言っていいんですか」
そんなやりとりを交わしている内に、私は独眼鉄先輩が手に下げているビニール袋に気が付いた。
ところどころ土のついたそれを何だろうと見つめていると、その目線を受けたらしき独眼鉄先輩が何か思い付いたようにぽんと手を打った。
「……ああ、丁度いいな」
「へ? 何がですか?」
「みょうじ、それ集めろ。それから移動するぞ」
「それ? これ? 落ち葉?」
ひたすらクレッションマークを連発する私に、独眼鉄先輩は早く来いと手招きする。
「褒美にいいもんくれてやるよ」
「……いいもん?」
その言葉と、いつになく上機嫌の独眼鉄先輩の笑顔につられて、私は新品のごみ袋いっぱいに詰まった落ち葉を抱えながらその大きな背中を追った。
* * *
「……あ、さつまいもだ!」
「おう。さっき貰ってよ」
人通りの少ない焼却炉のある一角。
開かれたビニール袋の中身は、うっすら土のついた小振りのさつまいもふたつだった。
「近所の婆ちゃんが大荷物抱えて難儀してたんでよ。
しゃあねぇから持ってやったら、代わりに持ってけって」
独眼鉄先輩らしい理由につい口元がにまにまと緩む。
次の瞬間、むっとした顔の先輩の拳が私の頭にごつりと触れた。
「目の前のババア無視すんのは寝覚めが悪いだろ!それだけだ」
小山ほどある落ち葉に独眼鉄先輩がライターで火を点す。
その熱のせいか、独眼鉄先輩の顔は若干赤らんでいた。
「もう入れていいんですか?」
「今入れたら表面焦げちまうし生焼けだぞ。火が落ち着いてからな」
「ほうほう」
くすぶってきた火の中に、洗ったさつまいもを投入する。
新聞紙とかアルミホイルがあったほうがよいのでは?と聞いたら何とかなるだろという力強いお言葉をいただいた。
「早く焼けないかなー」
「大人しく座って火に当たってろ。まだ大分かかるぞ」
「はーい」
灰色の煙が灰色の空にのぼっていく。
もしかしてみんなが焚き火してるから曇ってるのかしら、なんて我ながらあほらしいことを思った。
「……寒いか?」
「いえ、大丈──ひぐしゅっ」
舞い散った灰が鼻に入って、またもみっともないくしゃみ。
乙女っぽいくしゃみはどう修行すれば身に付くのか教えてほしい。
「すみませ、ぐずっ、……えっ」
鼻をこする私の首ねっこを、がっしりした腕が掴む。
そして犬猫でも扱うかのように持ち上げると、ぞんざいに自分のふところに放り込んだ。
「ほれ、ちったああったけえだろ」
「……先輩って絶対に私を仔犬か何かだと勘違いしてますよね」
「そんな可愛いモンか?」
くくく、と笑いながら、またも先輩は私の髪をぐちゃぐちゃに乱した。
──ぶすぶすと立ちのぼる煙がだんだんと細く、薄くなる。
手をかざせばほんのりとぬくみが手のひらに伝わってきた。
そろそろいいか、と呟いて先輩が立ち上がると棒切れでさつまいもをつつきはじめる。
早く焼けないかな、と思っていたのに、いざ焼けてしまうとそれはそれで少し残念な気もした。
「ほらよ」
「あ、ありがとうございます……あちち」
放り投げられたあつあつの焼き芋を袖口を伸ばして握り、二つに割る。
ふわっと立つ甘い匂い。きれいな黄金色の断面に息を吹き掛けてから、私は大口を開けてがぶりとかじった。
「……おいしい!」
「おー、甘いな」
ふたり顔を付き合わせながら、ほっくり焼けた焼き芋にはふはふとかぶりつく。
「待った甲斐もあるってもんだ」
「……別に待つのも苦じゃなかったですけど」
「あ?」
「い、いいえ、何でも」
つい口をついた言葉がなんとなく恥ずかしいもののような気がして、私は慌ててごまかす。
独眼鉄先輩は怪訝そうにしたものの、大して気にする様子もなく焼き芋に戻った。
ほっとしたようなしないような、不思議な心持ちで私も焼き芋をひとくちかじった。
うん、甘い。そしてあったかい。
「……なんだか、しあわせですねぇ」
「随分と手軽な幸せだな、てめえのは」
片目を細める先輩のふところに、もう一度飛び込めればもっと幸せになれそうなのはどうしてだろう。
またくしゃみ、出ないかな。
そんなことを考えながら、私はできるだけゆっくり焼き芋を味わうことにした。
了.
独眼鉄に無自覚でほんのり矢印向けてる感じが好きなんですが、これわりとがっつり向けてる気がする。