□薄闇に溶ける
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──一定の距離まで近付く許可は、どうやら下ろしてもらえらしい。

私は胸をなで下ろすとともに、ふぅと小さくため息を零した。



薄闇に溶ける




(……まったく、警戒心が強いったら)

ついと表情に浮かぶ苦笑い。心の中だけでそっとぼやいて、私はもう一歩足を踏み出した。

以前だったら顔を見せるだけでも胡散臭そうに追っ払われたのだ。1メートルの距離を許してもらえただけ、きっと前進なのだろう。

なのだろうが、しかし。

(いつになったら、届くのかなあ)

一定の距離は許されても、それ以上を許すほどにはまだ認められていないらしい。

もう一歩を踏み出そうとした足は、責められるような気迫に戸惑った挙げ句所在なげにふらふら浮いている。

それをそっと元の位置に戻して、結局今日も私の負けだ。

まあ、今日はしかたがない。
──『彼』が無防備な状況の際、その拒否の仕方は桁違いだ。



ぎらつく瞳をぎゅんとつり上げ、鋭く尖る牙を剥き出しにして、キィキィ耳障りな声とともに威嚇する──その蝙蝠たちは、まるで蝙翔鬼先輩の安らかな静謐を守るように飛び交っていた。

「手ごわい小姑め」

呆れ気味にそう呟く。途端に、キキッキキッと短く発せられる甲高い奇声。笑われているのかもしれない、と思うのは被害妄想だろうか。



──我が友に手を出そうなんて十年早いよ。
──出直しておいで。



そんな幻聴を羽音の中に聞きながら、私は素直に敗北を認めて彼の部屋を後にした。

すやすやと眠るあの人は、ひどく幸せそうに見えた。



了.





蝙翔鬼が蝙蝠たちを『友』って呼ぶのがたまらなく好き。
蝙翔鬼に限らずとも、一緒に戦う動物が友とか息子とか呼ばれてると不思議にきゅんとします。


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