□触れる
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「え、は、はい」

進みかけた身体に無理矢理ブレーキをかけて、反動を使い素早く振り返る。
気をつけの姿勢で固まるなまえに、影慶は眉根に皺を寄せたまま、単刀直入に問うた。

「──何故、あんなことをした?」

それは叱咤でも尋問でもなかった。ただ、純粋な疑問だったように思えた。
なまえはたじろぎつつも、

「は──あ、あの、本当に大したことではなく」

「質問に答えろ」

「…………は……ぁ」

答えろ、と言われても。
なまえはその場で立ち尽くしたままうつむいた。
特に色々考えた末の行動ではない。完全に反射的なものだったのに、説明しろと言われても正直困る。
困るし、恥ずかしい。

あー、だの、うー、だのと言葉にならない幼子のような喃語を呟くなまえ。そのうち影慶も諦めてくれるかもしれないと思ったが、影慶は何も言わずにただじっと待っていた。

喊烈武道大会の時はルール説明すら聞かなかったくせに!
こんな時だけ妙に気の長い影慶に焦燥感を煽られながら、なまえは大きく息をついた。

「手……」

「む?」

「……先輩の手は、あたたかいのかな、と思ったんです」

言った後、なまえはいたたまれなくなったように俯く。
影慶は意外な言葉を聞いたように目を見開くと、そのまま二、三度目をしばたかせた。

「……血は通っているぞ、これでも」

「そ……それは、承知してます。
でもなんというか、上手く言えないんですが、その」

「…………」

「……ちゃんと温かいんだってことを確かめて、
──安心したくなったんです」



そうだ。私はきっと、他意があったわけでもなんでもなかった。
やましい気持ちだって、これっぽっちも無かった。
私は、ただ確かめたかったのだ。

その毒で満たされた掌にも、ちゃんと熱が通っているのだということを。



「……どんな理由があるにせよ、お前のやった行為は危険極まりない。二度とこんな真似はするな」

「はい……。申し訳ありませんでした。
以後、このようなことは無いようにします」

申し訳ありませんでした、失礼します。と眉根を下げて一礼し、なまえは力なく扉を開けて退出した。そのいつもより少し元気の無い背を、もう一度呼びとめようとして、やめた。

何だか今度は、自分が妙なことを口走ってしまいそうだった。



包帯の緩みかけた自分の毒手を見る。気安く触れることなど許されない、冷たさに慣れきった掌。

──柔らかさも温もりも、久しぶりだった。

「……本当に、何を考えているんだか」

溜息をつくように吐き出されたその言葉は彼女に対して言ったものなのか。それとも、己に対してなのか。
それは当の影慶にすら、判断がつかなかった。



了.







触れちゃいけないんだけど触れたくてどうしようもなくなる、ってのもいいけど、
毒があるから包帯越しにしか触れられない、そんなもどかしさも好きです。


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