□少女幻想譚
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「ねえ仁蒋、あなた覚えているかしら」

長い髪が風に躍り、華やかな衣装が風を孕んだ。

抜けるような空の下、その可憐な少女と、一歩後ろで付き従う逞しい武人は歩いていた。

鼻歌を歌いながら弾むように歩を進めていた少女が、唐突に発した曖昧な問い掛け。
それに仁蒋と呼ばれたその武人は、律儀に淡々と短い返答をした。

「何をでございましょうか、なまえ様」

「大きくなったら私を娶ってくれると言う約束よ」

仁蒋の無表情なその顔が、一瞬だけひくりとひきつった。しかしすぐ平静を取り戻した仁蒋は、先程と変わらぬ声音で言葉を吐き出す。

「…そのようなことがございましたか?」

「まあ、つれない。
私を抱きしめて、『きっと拳王様と春蘭様のような愛情で結ばれよう』と熱い眼差しであなたは…」

「な、何を勝手に改変しているんですかっ。そんなことを言い出したのはなまえ様のほうでしょうっ」

語調を少し荒げた仁蒋がはっと口を噤んだが、時すでに遅し。
なまえはそれを聞くなり、仁蒋の腕に自分のそれを絡ませてにこにこと嬉しそうに笑っていた。

「やっぱり、覚えてくれているじゃないの。ふふっ」

「…………………貴女という方は…」

頭を押さえて溜め息をつく仁蒋。それをまあまあと宥めつつ、なまえはさらに口を開いた。

「懐かしいわねえ、仁蒋。
あの頃の私たちはまだ、性の違いも解らないような子供だったわ」

「……ええ」

「でも、子供は子供なりに本気なものなのよ」



──『此処で修行を積む者に、不用意に近寄ってはならぬ』

小さい頃から、父である拳王がなまえにずっと言ってきた台詞だ。

そして十を過ぎてから、その言葉にはこう付け加えられるようになった。

『誰であろうと、必要以上に男に近付くな。お前を欲する者は、あの中に数え切れないほどいるのだ』

その時初めて、仁蒋と仲良くなっても何も言わなかった意味を悟った。

同時に、仁蒋に対して抱いていた淡い感情の名を知ったのも、同じぐらいの時だった。



「…あれは、子供の戯言などではなかった。
私は、本当に…」

「なまえ様」

短く、仁蒋がなまえの名を呼んだ。咎めるような響きの中に、僅かな懇願の色が垣間見えてなまえはふと泣きそうになった。

「…わかってるわ、仕方ないのよね。

そんな願いが叶うわけないことくらい、ずっと前から知っていたのよ」

「………」

「やだ、黙らないでよ仁蒋。
ほんの戯れの昔話だと、笑い飛ばしてくれていいの」

なまえは絡めていた腕を解き、仁蒋の一歩前へ踏み出した。



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