□少女の決意は穏やかに
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突破した先の暗がりに、ぽつんと目立たぬよう設置された粗雑な造りの扉になまえは手を掛けた。ギッ、と軋む音を立て開かれた部屋の空気は籠もっていて、据えた臭いが鼻についた。

大した広さもない間取りの中は、特に物が多いわけではないのに雑然とした印象を与えている。

北向きの窓を大きく開けて、なまえは風を取り込んだ。肌を撫でる風は少しひやりとしていた。

唯一、部屋の中央で存在感を保つ長方形の木製テーブルには、上等な椅子が三脚と下座に粗末なパイプ椅子が一脚備えられている。

自分の定位置であったパイプ椅子に腰を掛け、自分の斜向かいにシルクハットを置いた。

そこもまた、彼の定位置だった。

あの馬鹿でかい円盤も持ってきてやろうかと思ったのだが、さすがにあの重量では少々骨が折れる。今度虎丸にでも応援を要請しよう。
一食ほど奢れば、彼なら快く了解してくれるだろう。

ぎしぎし、と錆びついた椅子が呻く。
ちょっと座らなかった間に鈍ったんじゃないのか、私の体重くらい平然と支えてみろなどと物言わぬ椅子に呟いて、なまえはひとり苦笑した。



――ここでこうして座っていると、まるであの大会の前に戻ったようだった。

彼らとていつも鎮守直廊を守っているわけではない。こことは別に自室も持っているし、所用に出ている場合もある。

そんな時なまえは、渋い緑茶と甘すぎる茶菓子をこっそり持ち込んでは、彼らが此処に来るのをまだかまだかと待っていた。

お前何椅子持ち込んでるんだ、とか、勝手に茶を飲むな、とか、そもそも何故ここに入り浸っているんだとか至極尤もなことを言いながら、そのくせ力ずくで追い出すことを彼らはしなかった。

独眼鉄に二、三発拳固を落とされ蝙翔鬼に罵られ、ディーノがその様を見ながらけらけら笑ったらおしまいだ。

あとはなまえが三人分の茶を淹れれば、何事も無かったようにするりと談笑にもつれ込む。

それを繰り返すうち、いつの間にかパイプ椅子はすっかりその場に馴染み、同時にそこは彼女の所定位置になっていった。



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