□余韻嫋々
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首の骨をきしませるようにして、なまえがようやっと王大人に視線を移した。

憔悴しきったその顔、枯れきった瞳。一気に大人びてしまったような少女の変貌に、王大人の表情はかすかに曇った。

それはなまえを含め、誰も気付きはしないと思えるほどかすかな感情の発露だった。

干からびた彼女の唇が、震えを伴い緩慢な動作で開かれる。

「──仁蒋も、母も………助かりますでしょうか」

「最善を尽くす」

そうですか、と呟いて、なまえはまた仁蒋に目を向けた。
そして、長く息をつく。
葛藤も悔恨も、何もかもを吐き出すように。

「二人を、お願い致します。──王大人さま」

悲痛に響いたなまえの声に、王大人はただ頷いた。
返せる言葉など、なにがあっただろう。

今の己に出来ることは、せめて彼女の母と友だけでも喪わせないようにする、たったそれだけだ。

王大人は強く握りしめた拳を静かに解くと、ゆっくりとなまえの元へ足を踏み出した。

─────────────



「なまえ……少し、お休みなさい。仁蒋は私が看ておきますから」

「いえ母様、大丈夫です。
母様こそお疲れでしょう、横になっていなくては駄目ですよ」

連れさらわれる前よりずっとやつれてしまった母の背に、なまえはそっと触れる。
すまなげに見つめる母に笑みを返して、なまえは仁蒋が眠る医務室に入った。

──王大人は彼が言ったとおり、最善を尽くしてくれた。
仁蒋に適切な処置を施した後、単身組織に乗り込んで春蘭を助け出し、こちらまで送ってくれたのだ。

彼の秘術により、何とか仁蒋は命を取り留めていた。今はまだ意識までは回復していないものの、体力が戻れば目も覚めると聞いて、なまえの目には涙が溢れた。

怪我の完治した義蒋の貢献も大きく、神拳寺はじわじわと元の喧騒を取り戻している。

ただ喪った拳皇の穴だけは、誰も埋めることなくぽっかりと空いたままだった。



父のことは、尊敬していた。
強く逞しく精悍なその様は、人の群の中にあっても決して埋もれたりはしない輝きを確かに放っていた。

そんな父が大好きだった。母が父を選んだことも、父が母に恋をしたことも、なまえの誇りだった。



けれど今、ふと思うのだ。

もし私が母と同じ立場で、あの時父と王大人の間に居たとしたら。

──結末は、同じだったろうか?



「……すべては、過ぎたこと……か」

くるくると、虚空に風が細く渦を巻く。こまかな砂塵を舞いあげたそれは、やがて糸が解けるように掻き消える。

それを見送るなまえの背後から、ちりんと涼やかな音が鳴った。



了.


王大人×拳皇の娘、有りだと思います。
需要無いですよねごめんなさい……
仁蒋大好き。




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