□余韻嫋々
1ページ/2ページ


この場所を去った日から、もう幾年過ぎたのだろうか。

再び相見えんと舞い戻った懐かしき修行の場には、まだ自分が年若き青年であった頃に深く想いを募らせたひとにとても良く似た娘がいた。

似ていたと言っても、美しく飾られたその面差しだけではない。
己が身を斬るように、大事に想う者の勝利と無事を祈るその姿。その光景は、まるで自分が数十年前の昔に戻ったかのような錯覚さえ覚えた。



その愚直なまでに真摯な祈りが、無残にも砕かれるその時まで。





余韻嫋々





「──私が手を借す事が、そなたの意に添わぬのはわかっておる」

「…………」

「並々ならぬ恨みもあろう。
……だがその娘は、今より適切な処置を施せば助かるかもしれん」

そう語る王大人の言葉が、はたして彼女に届いているのかはわからない。

彼女──拳皇と春蘭の一人娘であるなまえは、医務室の寝台に乗せられた自分の父と仲間をただ見つめていた。
その目は赤く腫れきって、乱れた化粧と共に彼女の美貌をくすませていた。

男塾の塾生は、既に次のステージへ歩を進めている。
今やすっかり静まり返った神拳寺に、重たく悲哀の空気が滲んでいた。



「……恨みなど、抱いてはおりません。
武人として一生を終えたことも、その相手が貴方であったことも……父は、本望だったでしょう」

その場に立ち尽くしたまま、振り絞るように呟いたなまえの声はひどくか細く頼りなげだった。

寝台の傍らに跪き、内腑を破裂させ虫の息となっている友と、手を繋ぐ。
尚も、縋るように。

「貴方こそ──拳皇と春蘭の娘である私は、ご気分を害する存在なのではありませんか」

「すべては過ぎた昔の事。ましてやそなたには何の関係も無い」

静寂が、血と死の匂いを纏い静かに降り注ぐ。燦然と輝いていたはずの陽は傾き、白い部屋にはいつしか朱い色が満ちていた。

落日。そう思ったのは、どちらが先だったのだろうか。



「──時間はそう許されていない。その娘にも、そなたの母にもな。
決断するがいい」

「…………」




次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ