□繋ぐ、約束
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──どうして雷電は、いつもいつもそうなんだろう。



激流に呑み込まれていく雷電を、満身創痍で、きっと意識もない雷電を、私はただ見ていた。
見ていることしか出来なかった。



雷電を騙し打った畜生が、笑っている。

雷電の情をあっさり裏切って、人の心なんて微塵も持ってはいないというように、馬鹿な男と嘲笑う。



──本当に、馬鹿だよ雷電。

馬鹿みたいにお人好しで、信だの義だのの塊なんだから。

そんな声は、彼にはもう届きやしない。
ごうごうと唸る荒々しい水が既に彼を攫っていってしまって、既に私の声なんて、届かないのだ───。





「──なまえ殿。なまえ殿」

「……う、う」

「なまえ殿!」

「うわ!?」

「こんな所で寝ていると、風邪を引くでござる」

声をかけられて、慌てて飛び起きたその場所は、血肉飛び散る天挑五輪大武會の会場なんかではなかった。

私の目の前には紛れもなく、桜花咲く男塾の校庭。そして、今し方卑怯な策略に散ったはずの男塾の知恵袋が平然と立っていた。

「…なんだ、夢か」

「随分とうなされていた。
悪い夢でも見ていたのでござるか」

「……ん。
半分、正解かな」

ひどく生々しく焼き付いた彼の姿が、胸に重苦しくのしかかる。
私の最悪な気分など露知らず、雷電は彼にしては珍しい不思議そうな顔でこちらを向いていた。

「半分?」

「嫌な記憶が夢に出てきた」

そう返しながら、ゆっくりと体を起こす。
ひとつ伸びをして、ようやっと頭がはっきりしてきた。そうだ、戦いはもう終わったんだ。何もかも。

「助かったよ、雷電。ありがと」

「いや、大したことではござらん」

表情一つ変えずに、雷電が言った。
まあ、この人の表情は基本的に変わらないのだが。

そのあっさりとした口振りが、頼もしくて歯痒かった。



「……雷電にとっては、そうなんだよね」

呆れではなく、諦めの溜め息が口から零れ落ちる。
わかってはいたことだ。

私を起こすことも、敵に手を差し伸べてやることも、きっと雷電にとっては同じ当たり前のことなのだろう。

それは彼の優れた人柄であると同時に、武の道を生きる者にとっては危うすぎる要素だ。

「お人好しなんだから、雷電は」

「……いきなり何の話でござるか」

「手を差し伸べてやる相手くらい選べばいいのに、って話」

「……?」



命の重さは平等というし、それは確かにそうなのかもしれない。

でも私は神様などではない。全てを公平に見るなんて、出来っこない。

だから私にはあんな畜生なんかより、ずっとずっと、雷電の命の方が重いのだ。



……と言ってみても、きっと雷電は何も変わらないのだろうけれど。

何てったって彼は、信義と仁義が拳法着を着ているような、そんな男なのだから。

そして、そんな男だからこそ、私は──

「らーいでん」

「む?」

私は、雷電の手に自分の手を重ねた。

骨ばった大きな掌はがっしりと堅く、しかし同時に柔らかなぬくもりも湛えている。



歴代の畜人鬼も、このぬくもりをちゃんと感じたのだろうか。

「……なまえ殿?」

「仕方ないな」

言っても泣いても治らない、愛すべき弱点を私はしっかり握りしめる。

きょとんと首を傾げる雷電に私はにっかり笑って言った。



「どうしようもないお人好しの雷電には、この私が手を差し伸べてあげようじゃないか」

雷電は、何も変わらなくっていい。自分の信じるものを信じていればいい。

それで窮地に陥ったなら、今度はきっと──



「私が、こうして助けてみせるから。」

何が何だかわからない、という風な表情の雷電の手を引いて、私は確かにそう誓ったのだった。






雷電の対戦相手の外道率は異常。
敵の卑怯戦法に毎回毎回引っ掛かってしまう雷電が歯痒くて愛しくてしょうがないです。


 

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