□wake up!
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昼間の容赦ない陽光は嘘のように掻き消え、それと相対するような朧月が、濃紺の空を淡く照らしていた。

熱を孕んだ風は冷え、開け放たれた窓から涼やかにそよぐ。熱さに拍車をかける蝉の騒がしい声も、今はもう聞こえない。

今、夕闇をかき切るように鳴いている虫は、鈴虫と蟋蟀だろうか?
夏の夜らしいその音色に、なまえはふとつくろいものをする手を止めて耳を澄ました。

「ふふ。風流、風流…なんてね」

風流なんてよくわからないけれど、なんとなくいい気分で、なまえは糸の始末をする。
修復を施した洗いざらしの白いシーツからは、いい香りがした。

それを抱きしめて、目を瞑る。

――ここのところ熱帯夜が続いていたとは思えないくらい、今夜はいい気候だ。
特に昨夜などはこの夏一番の熱帯夜が襲来して、あまりの寝苦しさに悶え苦しんだものだったが、今日は幸いにもそんなことはなさそうだ。

「……ふぁ」

と、考えたところでなまえの口から大きな欠伸が出た。

(――いやいや、さすがにここで寝るのはまずいでしょうよ)

なんてったって、ここは一号生の宿舎の食堂である。
眠るならせめて自室に戻らなければ。

…と思いつつも、なまえの瞼はどんどんと重たくなり、視界がゆっくり狭まっていく。
そしてなまえの事情などお構いなしに、無遠慮な睡魔はその身体を支配していく。



虫の音を遠くに聞きながら、なまえはついに目の前のテーブルへ突っ伏したのだった。







「――…おい。おい、なまえ」

ゆさゆさと身体を揺さぶられる感覚に、深いところにあったなまえの意識がのろのろと上昇していく。
夢現をさまよいつつも、まだ覚醒状態には程遠いなまえは、口から意味をなさない声を漏らしながらその手を払った。

「………あうぅ…んぅ」

「……生意気だな。
起きねえと襲うぞ、おい、このバカ」

「………………ぅえっ?」

何だか非常に不穏なささやきが鼓膜を震わせた気がして、なまえはようやっと垂れた瞼を引き上げた。

妙な体制で寝ていたためか、身体が痛い。ぴしぱしと関節の鳴る音がする。
それでも無理矢理半身を起こして、なまえは眠気覚ましにひとつ伸びをした。そして、自分の睡眠を妨げたその人物に目を向ける。

眉根を寄せて自分を見下ろすその男を、なまえは少々驚いて見つめた。

「……だ、伊達君?…どうしたの?」

「どうしたの、じゃねえだろうが」

腕を組みながらむすっとしているその男――伊達臣人は吐き捨てるようにそう言うと、ひとつ溜息をついた。

「こんな所で、何寝こけていやがるんだお前は」

「…あれ、私、寝てたの?」



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