□走る、走る
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東郷はてっきり「俺の愛車に触るな」タイプだと思っていたけれど、どうもそれは私の認識不足だったらしい。

バイクかっこいいな、という私の何の気なしに呟いた一言に返ってきた彼の言葉は「じゃあ乗れよ」だった。

それに頷いてしまったことを、今猛烈に後悔している。



「と、東郷ー!あんまり飛ばすなよー!」

「何言ってんだ、このくらいのスピードで」

そりゃあ激流を流れる丸太の上にひょいひょい飛び移れるような奴には、公道でどれほどのスピードを出そうが何でもないだろう。

だがこちらは違うのだ。バイクなんて、ちょっと気を許しただけで道路とこんにちはするような恐ろしいものに乗るのは初めてなのだ。
圧倒的な負荷に私は、東郷の腰に回した腕にぎゅっと力を入れた。

「……っ」

「あ、悪い。苦しかった?
って、うわ」

東郷が体を強ばらせるのがわかって、私は思わず少しだけ力を抜いた。
途端にバランスを崩しかけて、慌てた私の腕をすぐさま東郷が握る。

「ご…ごめん、東郷」

「…危ねえから、ちゃんと捕まってろよ」

「ん、わかった」

私がしっかり捕まった時、東郷はまた少し体を強ばらせたけれど、それは一瞬だけだった。
何となく不思議に思ったけれど、聞くのはやめた。

耳元で風が鳴る。高速で流れる景色が、いつも東郷の見ている景色なのだろうか。

滲んだような色の粒子も、それほど悪くないと思った。

私はどちらかと言えば、景色はゆっくり楽しみたい方だけど。


「――なぁ、なまえ先輩。
俺がどこ行くか聞かねえのか」

「何だ、君どこか目的地があるのか?」

「…近場のホテル」

「わかった、ここで降ろして。徒歩で帰る」

「じ、冗談だよ!本気で降りようとするな!」

「私はその手の冗談を好まない」

まあ、ここで降ろされたら私の方向音痴の血が男塾に帰れないと嘆くから、そんなことはしないけれど。

しかし、似合わない冗談を言ったものだ。
いかにもな硬派を地で行く男のくせに。



「…先輩」

「ん?」

「さっきのは冗談だけどよ」

東郷は真っ直ぐ前を見つめていて、その表情はさっぱりわからない。

わからないから、東郷の放った次の言葉に私はどうしようもなく狼狽えた。





「――このままあんたを、誰もわからねえくらい遠くまで攫っちまおうかとは……少しばかり考えた」





「………と、東郷君?」

「何スか、なまえ先輩」

「冗談だろう?」

「…………」

東郷はしばらくの沈黙の後、笑いもしないままで、ただ低く呟いた。

「……残念ながら」

どちらの意味にも取れるその言葉に、私はどうしていいかわからず言葉を失う。

景色はどんどん後ろに流れていき、辺りは少しずつ紫に染まっていく。



回している腕が、密着している体が、

――今更、無性に気恥ずかしい。





走る、走る
(この感情は、何だ)


了.




東郷は荒削りな真っ直ぐさが可愛らしいところだと思う。

ところで、新一号生筆頭って誰がやってたんでしょうね。

 

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