□我が慕わしき先輩
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屈強な男どもの巣窟である男塾の中でも、独眼鉄という人は一際厳めしい外見なのではないだろうか。

固く分厚い筋肉で覆われた全身や、潰れた片目の傷、残された目の鋭さ、口の周りを覆う髭。どこをとってもただの悪党にしか見えない彼のその姿は、一般人ならば一目見ただけで悲鳴を上げて逃げ出すほどの恐ろしさだと思う。



そう、多分、見た目だけならば。






我が慕わしき先輩





「………先輩、また拾ってきたんですか」

「う、うるせえな。悪ぃかよ」

「誰も悪いなんて言ってはいませんが」

むしろ、先輩のそういうところ嫌いじゃないですよ。

と素直に言うのは癪なので口をつぐみ、私は独眼鉄先輩の腕の中の小さなけものを見つめた。

おそらく生まれてそう日もたっていないその仔犬は、私の姿に怯えてか先輩を見上げ、心細げに鳴いた。

独眼鉄先輩がそんな仔犬の頭を、無骨な掌でぽんぽんと撫でる。宥めるような優しい手付きは、普段のゴンダクレな印象をまったくもって彷彿とさせない。

「……段ボールの中でずっと鳴いててよ。あんまりうるせーから、連れてきたんだよ」

言い訳するように呟く先輩の、開いている片目がどこか寂しげだった。

力無く垂れた仔犬の前足は、とてもか細い。それを見て、私もなんだか悲しくなった。

「ひどいことを。
こんな弱っちい生き物を放り出すなんて」

けれど、先輩の腕の中ですっかり身を任せている仔犬を見ていると、どうしても笑いが込み上げてきてしまう。

独眼鉄先輩はそんな私を睨みつけるけれど、いつもの迫力は皆無だ。

むしろ、若干顔を赤らめているその様が可愛らしい。

「それにしても先輩は、小動物に好かれるなぁ。

動物たちは自分に危害を加えない相手がわかるといいますけど……顔で人を見ないんでしょうね」

「一言多いんだよてめえ」

しまった、と思った時にはすでに遅く、失言を撤回する前に私の脳天に鈍い音が響いた。

「あ、あいたた…すみません」

対人間だと、というか、対私だとどうしてこの人はこんなにも乱暴者なのだろうか。
犬猫に向ける優しさをこちらに少し分けてほしいものだ。


「で、どうなさるんですかこの子は。男塾で飼いますか?」

「誰が面倒見るんだよ。俺だっておめえだってそうそう暇じゃねえ、数日ならともかくこれからずっとは構ってやれねえだろ。
……早いとこ、誰か里親でも探してやらねえと」

「じゃあまた、里親募集の張り紙作りましょうか」

正直なところ、これまで何回もあったことなので、張り紙作りなどすでにお手の物である。

しかし、最初に独眼鉄先輩が猫を連れ帰ってきた時は酷かった。
手先が豪快に不器用な独眼鉄先輩の作った張り紙は、紙から文字がはみ出てるわ字は汚くて読めないわ絵は壊滅的だわで、もうさんざんな出来だった。

それで頭を抱えていた先輩に、手伝いましょうかと声をかけたのが始まりだっただろうか。
私が事あるごとに独眼鉄先輩の手伝いをするようになったのは。

そして、近くでこの独眼鉄と言う人を見るにつれ、私は何となくこの人の人柄や本質に触れられたような気がしたのである。

気の荒いゴンダクレの、もうひとつの姿を。



「いい人に貰われるといいですね」

「そうじゃねえならやらねえよ」
「はは、そりゃあそうだ」

独眼鉄先輩の腕から、ひょいと仔犬を失敬した。不安げに私と先輩を交互に見つめる仔犬の頭を、独眼鉄先輩の手が覆った。

「懐かれましたね、すっかり。
貰われていく時に、寂しくて泣きじゃくる先輩の姿が目に映るようだ」

「ば、ばっかやろう。俺はそんな軟弱な男じゃねえよ!」

はて、それはどうだろうか。
過去の『実例』を思い出して、私は気付かれないよう小さく笑った。もっともその際、隣で泣いていたのは私だったりするのだがそれは棚に上げておく。



「……だいたい俺ぁ、いちいちうるさくまとわりついてくるでけえ犬一匹で手一杯なんだよ」

「はい?何かおっしゃいましたか」

「別に何でもねえよばーか」

ぐしゃぐしゃっ、と独眼鉄先輩が私の髪を荒っぽくかき回す。
これをされると、髪が四方八方に跳ねて絡まって後で直すのが面倒なのだ。

それでも、遠慮のないごつい手でそうされるのが、私は案外嫌いではない。

「まったく、うざってえったらありゃしねえ」

そう言いながらにっと笑う、そのいかつい顔とは到底思えないくらいに眩しい無邪気な笑みも。



了.






どでかい図体といかつい顔に似合わず照れ屋で優しい男は小動物に好かれるのが世の常だと思います。

独眼鉄先輩にかかれば、犬も猫もまとわりつく後輩もみんないっしょくたに面倒見てくれるはずです。きっと。



 

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