□血気盛んなおとしごろ
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私はこんなところで何をしているんだろう。
人はどうして恥ずかしさで死ねないんだろう。

――嬌声が大音量で響く男塾の校庭で、私はただただそんなことを思いながら時の過ぎるのを必死で待っていた。





「今日はこれより、貴様らの煩悩を克服するための修業をする!」

その言葉に嫌な予感がしなかった塾生は、おそらく一人もいなかったのではないだろうか。

断煩鈴だか断煩環だか知らないが、中国の仏教僧が精神を鍛えるために行っていた修行法というそれは、その空間一帯を描写することもはばかられるような地獄絵図と化した。
最後列に座った私の目の前に広がる、見渡すばかり一面の肌色、肌色、肌色。
その色彩はどんなどぎつい原色よりも激しい暴力となり、重たい一撃を私の目と脳へ与えていた。

真正面に設置されているのは、エロティックなポーズでこちらを見つめる全裸の女性の巨大ボード。
正直これはまだマシだ。ぱっかり開かれた局部さえ見なければ、同性の私としては何とか直視は可能なのである。



――だが、どうやっても視界に入り込んでくる、必死で己の性欲と戦っている全裸の同輩たちを私はどんな目で見ればいいのだろう。
それも全員、大事なところに鈴を括りつけられているというどうしようもない状態の彼らを。

先程までは同じ教室で談笑していたんだぞ。
それなのにもう明日から、いや次の授業からどんな顔で会話すればいいかわからないじゃないか。
時折嬌声に交じってリン、リン、と鳴る鈴の音を、私はどんな気持ちで聞けばいいんだ?

(……家に帰りたい)

情けないことを考える頭に、全身の血がくらくら沸きながらのぼってくるのを感じる。
いっそきつく目を閉じてしまいたい。けれどそんなことをしたら、教官殿の持つ男塾精神注入棒が一切の手加減なく私の体に打ち下ろされるだろう。
それだけは避けたい。あれをやられると必ず次の日熱が出るのだ。



――不幸中の幸いだったのは、みんなのようにすべてをさらけ出されることも、あらぬところに鈴をくくり付けさせられることもなかったことだけれど(後者は物理的に不可能というだけだが)その代わりとばかりに何故か麻縄でぎっちり身体を拘束された。
腕に、胸に、太腿に、下腹部に容赦なく食い込む縄が痛い。

「お前をひん剥いて奴らの前にさらしてもいいんだが、これはこれで悪くないのう」とか何とか安松教官殿が言っていたけど、私にはもうその発言に反応することも意味を考えることもできない。今日のご飯何だろう、とか、鬼ヒゲ教官殿早く帰ってこないかな、とか考えて現実逃避するのが精一杯だ。

でもそろそろ考え事のネタも尽きてきた。いよいよ年貢の納め時、万事休すという奴だ。
ああ誰か、誰でもいい、私をこの永遠にも思える悪夢から助け出してほしい――――





「――――しかし、教官殿も念の入ったことするよな」

「……えっ?」



緩急をつけて耳を犯していたなまめかしい声を、朗らかな声がいともたやすく掻き消した。

隣から聞こえてきたそれにそっと目を向ける。――そこにいた剣君は、いつもと何ら変わりない涼しい顔をして笑っていた。
そういえば、隣に座ってたのは剣君だった。必死に目の前のお姉さんを凝視していたからか全く意識が向かなかったけれど。

追い詰められすぎていたせいか、服を着ていないこと以外はいつもどおりの剣君に無性に安心して、私はおずおずと口を開いた。
無意識に歯を噛みしめていたのだろう、若干顎が重い。

「そ……そうだよね。いくらなんでもやりすぎだよね、こ、こんな、声まで……」

「声?」

剣君の整った顔に、ぽかんとした表情が一瞬だけ乗る。しかし私が何かおかしなことを言ってしまったかと思う間もなく、彼はすぐに得心いったように頷いた。

「ああ、この色っぽい声も確かに刺激的だがよ。俺が言ってるのはそういうことじゃなくて」

ひょい、と私に向かって剣君があごをしゃくる。
その動きの意図がわからなくて首をかしげる私に、剣君は爽やかな笑顔のまま、何一つ邪気の無い声で言葉を重ねた。



「ハダカの姉ちゃんだけでも十分なのに、隣でクラスメートの女が妙な縛られ方された上、顔真っ赤にして恥ずかしそうに身悶えてるんだぜ。
そんなもん見せられたら余計にこうなっちまうよなって話」



――――こう、で下を向いた彼につられてしまった私は、本当に間抜けだと思う。
そこに何があるか、一体どういう状態であるのか、そんなこともわからないような年ではないはずだったのに。

無残にちぎれた紐と、地面に転がり落ちた鈴。
そして、彼の筋肉質な股座の中心で逞しく天を仰いでいる、それは。



「――――――っ!!?!?」

声にならない悲鳴とともに仰け反る私へ、剣君は一切構うことなく追撃する。

「見てくれよこれ。あんまり元気良すぎて紐が切れちまった。みょうじ、これってセーフだと思うか?」

「…………しっ……知らない……っ!そんなの知らない……!」

「あ、お前な、そういう初心な反応するなって。涙目になられるとさらにまずいことになるだろ」

「誰か私の鼓膜を破って!目を潰して!誰でもいいから早く!!」

「何を騒いでいやがるみょうじ! 本当にひん剥かれたいのかてめえは――っ!」

いっそ気を失わせるか殺してほしい。そんなことを思う私の背中に、ひどく痛みを伴う精神が注入されたのだった。




了.



断煩鈴の時の獅子丸はとてもあっけらかんとしていていいと思う。

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