□月下の契
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「ね、乾杯しよう、嶺厳」

「……この流れで何故そうなる」

「時代劇とかでよくあるじゃない、杯を交わして親交を深めるみたいなあれだよ。あれやろう是非やろう」

一本の瓶を手に持つと、私はそれを嶺厳の目前に突きつけた。
たじろぎながらも、嶺厳は瓶を持ち上げた。
お互い遠慮がちに、こつり、と汗を掻いた瓶を触れ合わせる。

そのまま無言で、ごくごくと烏龍茶をのどに流し込んだ。冷えたそれは、すっかり乾いた口内によく沁みた。



「…………きっと一番喜んでるのは、独眼鉄先輩だと思うのよ」

不意に浮上した言葉は、せき止める間もなくぽろりと零れていた。

恐らくそれは、本音だったのだろう。
何のフェイクもない剥き出しの気持ちを、あっさりと口に出している自分に少しだけ動揺し、また不思議と昂揚していた。

「男塾を腑抜けだの何だの言ってた嶺厳が、塾生として仲間になったんだから。
あのヒネたガキに認めさせてやったぜ、くらいに思ってるのかもよ」

「なかなか複雑な気分なんだが」

「それでさ、きっと今頃、鎮守のみんなで酒の肴にでもしてるよ。私たちを見下ろしてさ。

『あいつら、何をぐだぐだやってるんだろうな』って」

「……それは、言えているかもしれんな」

は、と嶺厳が息を漏らした。
それが笑いに近いものだということに、恐る恐る顔を向けてやっと気付けた。



深夜の宴会は、徐々に終わりが近付いている。

夜が明け、朝が来たら、またいつ終わるともしれない闘いが始まる。

自分が倒れるかもしれない。誰かを喪うかもしれない。

だからこそ、ここで彼と話せたことを素直に嬉しいと思えた。

「……戻る?
だいぶ向こう、静かになったよ」

「ああ……そうだな。
そろそろ、行こう」

「ん」



散っていったあの人たちの分まで、闘おう。
新しい仲間と共に。

きっとそれを、あの人たちも望んでくれているはずなのだから。

(ねえ、先輩──)

月に向かって、瓶を揺らす。
遠い空の向こうで、この男塾を見守ってくれているであろう人たちに、誓いを交わすように。



「──乾杯」



閉じられた夜の帳が開けるのは、もうすぐ。



了.



幼い頃は嶺厳の入塾に複雑な思いを抱いていたのですが、狼髏館戦読み返したら「腑抜けの集まりとか言ってごめん」って謝ってくれてるんですよね。

だからどうこうってわけじゃないのですが、入塾する時に独眼鉄のことをちょっと気にかけてくれてたらいいなあ、なんて妄想を爆発させた結果がこれだよ。

うーむ、しかし、これを嶺厳夢と言い張るのはなかなか苦しいものがある。

というか私の書くヒロインって、なんかデフォルトで鎮守萌えな気がするんだか気のせいだよな……。

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