□月下の契
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「……正直言うと、嶺厳を見たとき、ちょっと驚いたのはあるかもしれない」

「…………………」

「あの、気分悪くしないでほしいんだ。
私は、その……甘ったれだからさ。

誰かが居なくなったとき、皆みたいに辛いのを堪えるってことが下手で……そんなだから、自分のことしか考えられなくなって」

落ち着かない指先が小枝を拾い、地面にいくつも模様を描きはじめる。めちゃくちゃに絡み合うその線は、そのまま私の心象風景なのかもしれなかった。

隣の嶺厳の顔なんて、もうとっくに見ることが出来ないでいる。

「で、でも、私だってわかってるんだ。
嶺厳だって、他のみんなだって、仲間を亡くしてるのは一緒なんだ。

──それでも嶺厳たちは、ここに来てくれた」

言葉に出すと、いかに自分がちっぽけな奴なのかよくわかった。手が、震えた。

ぽきり、と枝が折れるささやかな音がいやに耳についた。
校舎を隔てて聞こえる明るい騒音は、まるで別世界の音のようだ。

「だから、私、恨んでなんかない。はず。

……ただ、まだ少し……嶺厳の顔を見ると、思い出す」

残った片目を穿たれ、延髄と脊髄を粉々に砕かれ、それでも男塾を馬鹿にする者は許せないと言いながらこときれた姿。

脳裏に焼き付いて離れない、気高く無残な亡骸。



「──先輩の最期を、思い出す」



きっと、嫌悪や怨嗟ではない。

この身を深く貫いたのは多分、衝撃だった。

嫌が応にも彼の最期を連想してしまう人間が、自分の身近に来てしまったことに対する、拒否反応にも似た幼い感情。



「ごめんね、嶺厳」

「……みょうじ」

「嶺厳は、先輩に謝ってくれたのに。

──……助けに来てくれたのに」

ああ、何て脆いんだろう。

もう泣かないと、あの人たちの墓前に誓ったはずなのに。
畜生、これでは、先輩方に叱られてしまうじゃないか。



「──嶺厳は、お酒、好き?」

「は?
……いや、あまり」

「私も、未成年だからだめなんだ。
だからさ、これでいいかな」

酒のつまみと一緒にかっさらった瓶の烏龍茶を、ふところから取り出した。
丁度二本。だが、うっかりしたことに栓抜きがない。取りに行こうとしたら制止された。

嶺厳は、あっさりと素手で栓を跳ね上げるように外した。

そういえば彼は、外見に似合わず怪力だったな、と思い返す。




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