本棚
□無題
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たん、たん、たん、と言う規則的な「いつも通り」の階段を上がる音が耳に届いて、
善吉はベットから身を起こし、読んでいた雑誌を適当に放り投げた。
身構える間もなく、無遠慮に自室のドアが勢い良く開けられる。
『ぜーんきちちゃん!』
底抜けに明るい声と笑顔で、禊は開口一番、善吉の名前を呼んだ。
「また来たんすか。球磨川…先輩」
視線も合わせずに善吉は呆れたように呟く。
『つれないなぁ善吉ちゃん』『禊って呼んでって言ったのにー』
『それでも敬語と後ろに「先輩」が付くようになっただけ進歩したのかなー?』
そんな軽口を言いながら、真っ直ぐ善吉の方へと歩み寄り、禊はベッドとへ腰掛けた。
二人分の重さがかかったスプリングがきし、と少しだけ音を立てる。
禊は先程善吉が放り投げた雑誌を手にしてぱらぱらとページを捲り始めた。
『ふーん』『善吉ちゃんも意外と普通の雑誌読むんだねー』
『てっきりエロ本だと思ったのに』
「あんたと一緒にしねーでおくれますか!」
思わず精一杯の勢いで突っ込んでしまう善吉。
そんな善吉を見て、禊は悪戯が成功した子供のように笑って、再度雑誌へと視線を落とした。
「……」
沈黙。ふと気が付くと、ページを捲る音が止んでいる。
善吉がちらりと横を見てみると、禊は雑誌などからはとうに興味を失ったらしく、
視線が合うか合わないかなど問題ではないとでも言うように、にこにこと笑いながら善吉を観察していた。
何故かそれが妙に気恥かしかったらしく、善吉は慌てて目線を逸らす。
球磨川禊が人吉善吉の家に訪れて、善吉の部屋に侵入して、善吉の隣に座って。
善吉はそれに対して抵抗もせず、しかも禊の軽口に反応して見せたりして。
善吉自身、つい二週間程前では考えられない、或いは考えたくもなかったであろうこの状況。
蛙の食事場に蛇を招くような。
兎の寝床に獅子を招くような。
球磨川禊を部屋に招く事は、そんな行為に等しい。
――何がどう転んでこんな妙な状況に陥ったか。話は、遡る。