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□拭えない色
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 急に家に呼ばれたかと思うと、手首を掴まれて乱暴にベッドに押し倒された。
 反射的にそれを払いのけようとすると、一切の抵抗を許さないとでも言うかのように、両手首に強い力が込められる。
 いつもとはあまりに違うその態度と冷たい表情はまるで――

「阿久根せん、ぱい」

 破壊臣時代のそれだった。

 *

『ぜーんきちちゃん!』『愛してるっ』
 
 そんな言葉とオーバーリアクションと共に球磨川にキスをされたのは、昇降口で靴を履き替えようとしたまさにその時だった。
 靴箱から靴を取りだして、顔をあげたその瞬間に眼前には既に球磨川の姿があった。
 あまりの突然さに驚いている俺を茶化すように、球磨川はにんまりと笑って――
 そして先程の結果に至る。
 キスした後も球磨川は俺の首筋に絡みついて来て、『僕は死にませんっ!』なんてふざけた言葉を叫んで離さない。
 周囲の生徒からの向けられる矢を通り越して刃物のような視線は勿論痛かったが、それ以上に俺が痛かったのは
 一緒に下校しようとしていた阿久根先輩にその現場を見られた事だった。

 *

「目の前で堂々と浮気だなんて、随分と人吉くんも酷い事をするよね?」
「ちがっ――あれは球磨川が勝手に」
「何が違うんだい?」
 
 ぎり、と更に強い力が両手首に込められる。
 阿久根先輩はずい、と俺に顔を近づけて、

「君が彼を拒絶しなかったからああ言う事をされたんじゃないか?
 抵抗するなり逃げ出すなり方法はあっただろう?」

 先輩の冷静だった言葉の端々に怒気が籠る。
 確かに、球磨川の姿を視認した時点でアクションを起こさなかった俺に落ち度はある。
 マイナスにはまず近寄るな。日常を日常のまま保ちたいならこれは鉄則だ。
 
 こんな怒りを、凶暴さを放っている先輩は久しくて。
 最近の丸くなった先輩からは想像もつかないような威圧感が其処に在った。
 まだ、こんなものを先輩は内包していたのか。

 不意に阿久根先輩は俺の両手を頭の上に持って行ったかと思うと、まとめて片方の手で拘束した。
 片手だけだと言うのに尋常じゃない握力が両手首にかかる。
 試しに少しだけ腕を動かそうとしてみたけど、妙な位置に力が掛けられているせいかびくともしない。
 関節技に関して右に出る者がいない阿久根先輩に、しかも馬乗りされている時点で、
 どう足掻こうと、いや足掻くことすら叶うはずがなかった。

「あぁ、それともわざと自分から球磨川を誘ったのかい?」

 ごっ、と言う鈍い音が頭の中に直接響いたのと視界がぶれたのがほぼ同時。
 数瞬遅れて左の頬に鈍痛が走った。
 唇か、或いは口の中が切れたのか口内に微かに血の味が滲む。
 そのまま前髪の生え際近くを乱暴に掴まれて、顔を無理やり上げさせられる。

「どうなんだい? 人吉くん」

 昏い、眼。薄氷の様に冷たく鋭い。
 重くて濁って、底の見えない淵のような。
 それはまるで球磨川の瞳に似ていて。
 それは先輩が球磨川の傍にいたあの頃の。

「……違いま、す……」

 そう絞り出すように答えた俺に、阿久根先輩は尚も冷たい視線を向けた。
 そして俺の耳元に顔を近づけたかと思うと、

「――どちらにしろ君は隙が多過ぎるんだよ」

 そう呟いて首筋に思い切り噛みついてきた。

 *
 
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